ILO_Japan_Friends’s diary

ILO Japan Friends’ diary

国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

MENU

【書籍紹介】 飯塚恭子著:凛として ~亡命したILO労働代表 松本圭一の生涯~

 

先日11月11日にILOと大原社研の共催で行われた“第32回国際労働問題シンポジウム”に来場いただいた飯塚恭子さんの著作である本作品では、第3回ILO国際労働会議において日本の労働者代表を務めた「松本圭一氏」に焦点を当て、明治から昭和初期にかけての日本における労働・農業に関する問題、日本の南米向け移民政策、ILOと日本の関係性などに触れながら、当時の複雑な国内・国際情勢の中で彼が日本の労働代表として、そして農業教育者として活躍した半生が描かれています。

松本圭一という苦しむ人々のために生涯を捧げた人間の生き様だけではなく、当時の労働問題、農業セクターや南米移民政策に関する課題、日本社会における格差等について知ることが出来る貴重な書籍になっているかと思料しますので、ご興味のある方は是非ご一読ください!

※以下には本書を読ませて頂きました所感をインターン生として記載しています。一個人の所感であり、ILO駐日事務所としての見解ではありませんことにご了承ください。

 

まずこの本を通して私が持った感想は、この松本圭一氏という人物は正義感にあふれ、意志が強く、そして弱者の為に人生を捧げたすさまじいエネルギーを持った方だったのだな、というものでした。

 

f:id:ILO_Japan_Friends:20191121150634p:plain

松本氏は東京帝国大学(現東京大学農学部を卒業後、紆余曲折を経て宮崎県の孤児院に勤めることになります。大学卒業後も大学に残り農事研究を行っていた松本氏は、ある日宮崎県高鍋茶臼原にある岡山孤児院分院を訪問することとなり、そこで出会った同院運営者で「児童福祉の父」とも呼ばれる石井十次に強く感銘を受けます [宮崎県総合政策部 文化文教課 2019][1]。そして松本氏が石井氏を訪問した翌月1914年1月に石井氏が亡くなったことを機に、静岡の実家や婚約者、はたまた大学の教授や友人などから強い反対があったにもかかわらず、松本氏は同院での勤務を始めることになります。

 

また、大学時代の恩師に依頼され、第三回ILO国際労働会議(ILC:International Labour Conference)の労働代表に選出された頃は、当時小作農が不遇を訴え、大正デモクラシーの影響を受けて団結し農民運動として全国に広まりつつあった時期であったそうです。そういった論争に巻き込まれに行くということは、喧嘩の渦中に自ら飛び込み今後の生活を捨てるようなものであったにもかかわらず、恩師や関係者の説得を受け、依頼を引き受けることにしたのです。また、やるとなったら徹底的で、茶臼原の仕事は別の人に任せ、短い準備期間でありながら南は台湾(当時は日本に割譲されていた)から北は北海道まで国内を回り、労働問題を調べながら小作争議について調べまわったという記述がされています。そしてILCの現場においても、労働代表として任務果たすべく積極的に発言し、日本政府に忖度せず日本の小作農に関する問題を提起し、農業労働者のために責務を果たしたと記述されています。

残念ながらそのILCに関する報道の一部が日本国内に誤って広まってしまったこともあり、彼の行動・発言は波紋を呼び多くの反発を受けて、ブラジルに半ば亡命という形で移住することとなります。しかしその亡命先においても農事実習場の創立・運営をはじめとして、青年技術者・農業従事者の育成や農事研究、養鶏普及や種苗交換等を通して日系ブラジル人の発展向上と日伯両国間の国際親善に貢献しました。それらの功績が認められ、晩年には日本の外務大臣表彰も受けています

f:id:ILO_Japan_Friends:20191121150637p:plain

 

 

また、当時の彼の境遇、学歴を考えると、引く手は数多あったであろうにも関わらず、自らの富、地位、名声を気にせずに、苦しむ人々のために尽力した、彼の姿勢にも感銘を受けました。

当時、第一次世界大戦の特需もあって日本が経済成長の真っただ中であろう時代に、東京帝国大学を卒業して田舎の孤児院で働いていた彼は、稀有な存在で変わり者として世間にはとらえられていたと推察できます。しかしながら自分の信念を貫き、茶臼原やブラジルにおいて自らの生活が厳しい状況になった時も、苦しみ、困っている人々に手を差し伸べて、技術普及や青年教育に従事しました。

スコットランドの宣教師・冒険家であるウィリアム・リビングストンやイタリアの修道士フランチェスコらの思想に影響を受けた彼は、人生の各局面においてキリスト教精神に基づき、世の中のためになることをすべく、先述のような活動をしてきたという風に見受けられます。宗教的思想・信条が根底にあったことを前提としても、自らの生活水準や目線を貧しい人たちと同じレベルにして、さらに自己犠牲を伴った支援活動を行うということは、私自身の途上国におけるボランティア活動経験上容易なことではないと考えます。彼のそういった自己犠牲、そして利他主義というものは、今の国際協力の世界に生きる人々が決して忘れてはいけないものである、ということも本書を通して再確認しました。

 

 

松本氏の半生についての記述に加え、本書では彼が活躍した時代の背景・文脈についても知ることが出来る貴重な資料であると感じました。

本書によると、大正時代の日本は先述した通り、大戦景気により軽・重工業部門でアジア市場、連合国側同盟国における輸出品の需要の増加を受け、経済発展を遂げていました。そういった発展を底辺で支えていたのが労働者であり、特に未成年の労働者や女工さんであったと記述されています。若い女性たちが紡績工場に売られたり、労働者が厳しい労働条件で働かざるを得ず、亡くなっても補償がなかったりということが普通の時代であったという記載には驚きを隠せませんでした。

さらには、大正明治期にかけては冷害や地震などの厄災によって全国では孤児が急増していたという時代背景も記されています。加えて、乳幼児は捨てられ孤児となり、少女たちは女工に出され、悪い場合には遊郭に売られてしまうということも多かったそうです。つまり、災害により親を失ってしまったために孤児になるものもいれば、貧困によって捨て子になってしまう子供たちも多くいたということになります。

当時の農業における問題、特に小作農の扱いに関する争議の内容も興味深いものでした。筆者曰く、当時地主から農地を借りて小作料を払いながら農業を営みつつも耕作権を与えられていなかった小作農が一致団結して様々な権利を主張し、農民運動を起こしていたようです。これらの記述から小作農たちは困窮し、苦しんでいる時代だったということがわかります。

 

f:id:ILO_Japan_Friends:20191121150641p:plain

こういった情勢を考えると、2016年から2年間、私がJOCV(青年海外協力隊)として滞在していた、最貧国の一つであるマダガスカル共和国と非常に似ている状況であることに気が付きました。UNICEFによると、2000年時点でマダガスカルには64.4万人の孤児(少なくとも両親のどちらかが何らかの原因でいない児童)がおり[2]、African Child Policy Forum(非営利政策研究対話組織)によると、2009年には91万人の孤児がいたとされています。[3] また、児童労働を強いられている子供たちは2018年時点で570万人おり、18歳以下人口の約半分に達するというデータもあります。[4]

マダガスカル滞在時に路上生活者やストリートチルドレンに興味を持った私は、自分が住むAntsirabe(アンチラベ)という地方都市や首都のAntananarivo(アンタナナリヴォ)において、そういった方々と親交を深めインタビューを定期的に行っていました。それらインタビューで今までの経緯を聞くと、都市部における多くのストリートチルドレンの中には、少し離れた農村部にある家庭内で養うことが出来ないために追い出されるように家を出なければいけなかったと答える子供たちが多くいましたし、苦しい現実から逃避しようと両親がドラッグや酒におぼれ、虐待をされてしまい、家でを余儀なくされたと答える子供たちもしばしばいました。これらは上述の当時の日本の状況と共通しているように思えます。

また、具体的な調査は行っていないため詳細なデータは不明ですが、都市部にある町工場では、ゴーグルや作業着などを着用していなかったり、工具や重機などが安全に保管されていなかったりと、労働環境の安全衛生管理が行き届いていない状態で労働者が働いている状況も多く見受けられました。こちらも母数は少ない個人的なインタビューの結果なので容易な一般化はできませんが、家族に売り飛ばされたかどうかは不明ながら、生活費を稼ぐために娼婦として都市部で働き地方の実家にお金を送っている若い女性も多くいました。

加え、小作農に関する問題も共通点が多いと感じました。ボランティアの活動内容上多くの農家の皆さんとお話しする機会がありました。農家の人達によると、マダガスカルにおいては小作農になる経緯は様々であるものの、不作や天災により農業収入がなくなり借金を重ねてしまい、その担保として差し入れていた土地を銀行やインフォーマルな金貸しから回収されてしまったり、生活費や教育費がままならず一時的な収入のために泣く泣く土地を手放してしまったりして、地主から小作農になる農家が多くいることがわかりました。

そのようにして売られた土地を富農や都市部の富裕層が買い上げ、その小作農に貸し付け売り上げの一部を上納させる、という構図が存在している村もありました。まさに松本氏の生きた時代の日本の状況と同じく、小作農は農業をしているのにも関わらず耕作権は地主にあり、不作リスクは小作農がとらざるを得ず、貧困にあえいでいる小作農が多くいました。個人的な経験上、そういったシステムが無い場所でも小作農は収量や労働量に関わらず、耕作・作業した農地の広さ(アールやヘクタール)で給与が支払われることが多く、貧農はいくら頑張っても貧しい生活から抜け出しづらい状況だと推察できます。

 

 

こういった松本氏が存命されていた時代の日本と現代の発展途上国の状況を比較すると多くの共通点があるのではないかと考えます。先進国、特にそれら発展途上国と同じような経験を有している日本は、現在まで経済発展を遂げた経験を活かして、発展途上国における農業や労働における問題点を解決するために現地の人々と一緒になって取り組み、特に若い人々に十分な教育の機会を与え、将来的に自立して生計を立てられるように超長期的視点から支援や開発プロジェクトを行っていく必要がある、ということをこの書籍を通して強く感じるとともに、国際協力の原点ともいえる姿勢を松本氏の半生を共有させていただくことで再確認することが出来ました。

 

皆様も機会があれば是非ご一読ください!

 

 

 

【脚注】 

[1]宮崎県 総合政策部 文化文教課(2019)宮崎県郷土先覚者 石井十次https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/pioneer/ishii/index.hml (最終閲覧日 2019年11月18日)

石井氏は児童福祉制度などがなかった明治期において障害孤児救済に尽力したとされる。

[2] UNICEF, 2003, Africa's Orphaned Generations, p.51; p.54, https://www.unicef.org/sowc06/pdfs/africas_orphans.pdf (最終閲覧日 2019年11月20日)

[3] African Child Policy Forum, 2016, African Child Data & Statistic Portal, http://data.africanchildinfo.net/  (最終閲覧日 2019年11月20日)

[4] Maryanne Buechner, 2019, How UNICEF Supports Families to Prevent Child Labor in Madagascar, https://www.unicefusa.org/stories/how-unicef-supports-families-prevent-child-labor-madagascar/36676  (最終閲覧日 2019年11月20日)

UNICEF, 2018, Madagascar 2018 Travail des enfants, https://www.unicef.org/madagascar/media/2401/file/MICS6-Madagascar-2018-Child%20labour.pdf  (最終閲覧日 2019年11月20日)

 

 

 

【参考文献】

飯塚恭子 (2018) 「凛として 亡命したILO労働代表 松本圭一の生涯」

宮崎県総合政策部 文化文教課(2019)宮崎県郷土先覚者 https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/index.html

(最終閲覧日 2019年11月18日)

African Child Policy Forum (2016) 「African Child Data & Statistic Portal」 http://data.africanchildinfo.net/  (最終閲覧日 2019年11月20日)

Maryanne Buechner (2019) 「How UNICEF Supports Families to Prevent Child Labor in Madagascar」 https://www.unicefusa.org/stories/how-unicef-supports-families-prevent-child-labor-madagascar/36676  (最終閲覧日 2019年11月20日)

UNICEF (2003) 「Africa's Orphaned Generations」https://www.unicef.org/sowc06/pdfs/africas_orphans.pdf (最終閲覧日 2019年11月20日)

UNICEF (2018)「Madagascar 2018 Travail des enfants」https://www.unicef.org/madagascar/media/2401/file/MICS6-Madagascar-2018-Child%20labour.pdf  (最終閲覧日 2019年11月20日)