ILO_Japan_Friends’s diary

ILO Japan Friends’ diary

国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

MENU

ILO職員インタビュー第3回(1/2):川上剛 労働安全衛生・労働監督上級専門家

本企画はILOや国際機関に関心のある方や将来のキャリアとして国際機関を考えておられる方にILOの具体的な姿をイメージしてもらえることを目的としています。職員の方へのインタビューを通してILOでの具体的な業務、やりがいやキャリアパスを皆様にご紹介していきます! 

-------------------------------------

過去の記事はコチラ↓

第1回:田口晶子駐日代表

第2回(1/2):田中竜介プログラムオフィサー/渉外・労働基準専門官

第2回(2/2):田中竜介プログラムオフィサー/渉外・労働基準専門官

-------------------------------------

第3回目はニューデリー事務所の労働安全衛生・労働監督上級専門家の川上剛さんへのインタビューです!今回も、内容が盛りだくさんのため、2回に分けてお届けします。

 

      

         f:id:ILO_Japan_Friends:20200325181245p:plain

川上 剛(かわかみ つよし) 

1988年に東京医科歯科大学医学部大学院を卒業。1991年まで労働省産業医学総合研究所(現・独立行政法人労働者安全機構労働安全衛生総合研究所)、2000年まで労働科学研究所(現・公益財団法人大原記念労働科学研究所)で勤務しながら日本およびアジア各国の労働現場における安全衛生調査やトレーニング活動に従事。日本をベースにした13年のキャリアを経て2000年からILOアジア太平洋総局(バンコク)に勤務。その後ジュネーブ本部を経験し、2017年7月よりインド、ニューデリーの南アジアディーセントワーク技術支援チームで労働安全衛生・労働監督上級専門家として勤務。

 

労働安全衛生・労働監督上級専門家の仕事

―現在の業務について教えていただけますか。

南アジアの7か国(インド、バングラデシュ、ネパール、パキスタンアフガニスタンスリランカモルジブ)において、政労使を支援して国としての労働安全衛生に関する制度作り、政策や法体系を強化する技術協力の仕事をしています。もう一つは、労働の現場に行って労働者・使用者に対して直接の安全衛生トレーニングを実施することです。例えば南アジアでは、スリランカにおける紅茶のプランテーション、インドやネパールにおける様々な家内労働職場、パキスタンにおける繊維産業とか、それぞれの国や地域で重要な産業について取り組んでいます。それ以外にも調査をしたり、新しいプロジェクトを計画したり報告書をまとめたりということをやっています。

 

―上級専門家という役職ですが、現場に行くと同時に管理の仕事もされるのですか?

担当するプロジェクトや活動において、新しい人を雇うとか活動や予算計画を作り管理するとかをします。代表が不在のときは代理で所属するオフィス全体のマネジメントを一時的に担当します。管理職的な仕事はILOに20年もいるのでいろいろ回ってきます。

 

―担当の7か国にもオフィスがあるのですか?

ニューデリー以外に、ILO事務所がパキスタンイスラマバード)、ネパール(カトマンズ)、バングラデシュダッカ)、スリランカコロンボ)、アフガニスタン(カブール)にあります。

 

ニューデリー事務所は何人くらいの規模ですか?

プロジェクトにより変動しますが80人ほどの規模です。私以外にも国際専門家にはいろいろな労働分野の人がいます。第1に法律関係では、国際労働法、児童労働・強制労働撲滅、第2に雇用関係では、職業能力開発、雇用政策、企業開発専門家がいます。3番目は私のいる社会的保護分野で、労働安全衛生、労働行政、社会保障の専門家がいます。4番目は労使関係。労使関係、労働者活動、経営者活動の専門家がいます。それ以外に領域を横断してジェンダーと労働統計の専門家がいます。また、サプライチェーン、児童労働等の多数のプロジェクトがありそれぞれに担当スタッフがいます。

 

ジュネーブ本部とタイやインドの現地オフィスはどのような違いがあるのでしょう?

実際の業務内容はすごく違います。現地オフィスでは技術協力が中心です。各国の政策・法律作りへのアドバイス、行政官・監督官のキャパシティビルディング、労使へのトレーニング、および情報収集・調査等です。ジュネーブ本部では、業務の中心は国際労働基準策定や採択された基準の普及活動やモニタリングです。基準作成では素案を作り、政労使が会議を開いて議論し採択するという一連のプロセスを、事務局としてサポートします。それから、本部にいても技術協力の機会はあります。私もジュネーブから、パレスチナやあるいはアジア・アフリカのプロジェクトの手伝いに行ったことがあります。ただ、技術協力はフィールドオフィスがやるのがメインなので平均すると仕事の3分の1くらいでしょうか。

 

―特定のプロジェクトで印象的だったものはありますか。

最近関わっているものでは、サプライチェーン関連のプロジェクトですね。ものを作るすべての過程、つまり原料生産、製造・加工、パッケージング、運搬等を一体で捉えて、ディーセントワーク向上を目指します。例えば、パキスタンの繊維製品はEUを中心に世界中に輸出されています。EUの消費者からすると劣悪で危険な労働条件やあるいは児童労働のある職場で作られたものは買いたくないと考えるので、状況を改善し国際労働基準を満たす職場づくりのためのプロジェクトを実施しています。パキスタンにあるいろんな繊維工場を直接訪ねて工場の中で労使の代表に20~30人集まってもらいトレーニングをします。労使で工場の中を歩いて回っていっしょに改善点を見つけてるという風に実践的にやっています。なぜ直接工場で実施するかというと、その方が労使双方が参加しやすいからです。労働者は今残念ながら長期雇用の人が少なくなっていて賃金日払いの人が多いから、トレーニングに参加するには仕事を休む必要がありその分収入がなくなります。

この方式で一日に2つの工場に行きます。午前1社、午後1社と。1週間だと10箇所まわれる。地元のパキスタン人のトレーナーを養成して、私がいなくてもトレーニングできるようにしています。1年後に同じ工場をフォローアップで見に行くと改善事例がいろいろあります。レーニングの結果として労使が協力して安全衛生を改善した事例に出会うのが一番うれしい時です。

 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200325181735p:plain

 

インフォーマル経済へのアプローチ

―インフォーマル経済職場に対してはどのようなアプローチをしているのですか。

例えば、家内労働者の労働改善を目的として、インド・ネパールでILO Japanプログラムの資金援助を受けたプロジェクトがあります。家内労働者が作ったものは世界に輸出されています。例えばネパールの家内労働者が製造した金属性の仏像が中国や日本等に輸出されています。インドの家内労働職場では、金属性のクリスマス飾り、シャンパンの入れ物、ワイングラスとかを作ってヨーロッパに輸出したりしていました。サプライチェーンの一番底辺で働いている家内労働者と協力体制を作って、トレーニング・労働改善活動をするにはいろいろな人たちとの共同作業があります。ここでILO三者構成主義が生かされます。インドでは、家内労働者を組合化しようとかフォーマル化しようとか努力している労働組合がありよい共同作業ができました。ネパールでは家内労働者の生産物を買い上げている経営者団体と協力して健全なビジネスへのサポートという形で活動できました。

 

―家内労働者の間に横のつながりがあるということなのですね。

はい、あります。でもそうした労働者同士の横のつながりをディーセントワーク達成のために強化していく支援が必要です。組合を作って一緒に出荷しようとか、購入者と値段を交渉しようとか、そういう動きはまだ弱い。その家内労働者たちは貧しいままで、言われた通りの安い値段でしか売れないわけです。こういう家内労働者同士の協力体制づくりの視点もプロジェクトに含めています。

 

労働組合NGOはどういうサポートをする団体が関わっているのですか?

家内労働者を組織化して、より有利に生産物を販売し収入増加につなげたり生産性をあげたりすることを応援する場合が多いですね。安全衛生は入っていなかったりするのでILOとよい補完関係になるわけです。実際の作業現場には危険が多くて、例えば金属製品を作るときに材料の金属を炉で溶かすわけですね。熱傷や、発生する粉塵による呼吸器系への傷害等の危険があります。労使・NGOILOが協力して、そのネットワークを通してより多くの家内労働者にアプローチできるというよい連携ができます。

 

―JICAのような二国間援助機関も労働環境の改善には取り組んでいますよね。ILOとそういった機関との違いは何ですか?

私も前職の労働科学研究所産業医学総合研究所にいたときに、専門家としてJICAのプロジェクトに参加したことがあります。JICAは二国間協力を実施するのが基本ですから(若干そうじゃない場合もあるけれど)、基本は日本人の専門家を派遣して日本の技術を移転します。日本の産業保健・労働安全衛生の法律・システムはこうなっているとか、実際の進め方はこうなっているのでこういうのはどうですか、と国にプレゼンしたり技術協力したり、必要な機材を供与したり、オペレーションのための日本人専門家を派遣するわけですよね。

 

一方で、ILOはその国際労働基準を参照しながら、その実施のために何をするかというのが基本的な考え方になります。労働安全衛生のようにハードな技術的専門分野であっても常に政労使を中心において活動します。技術専門家の役割はもちろん重要ですが、その前にます労使が主体となって実施する安全衛生リスク改善活動支援に焦点を当てます。それとILOの場合は政策作りにも強くコミットしています。JICAも政策提言しますが、国際労働基準に基づいた政策助言はILOの特色だと思います。

 

―プロジェクトの内容は現場で一から作り上げているのですね。

プロジェクト計画文書に沿ってですが、実際のトレーニング内容の中身等は、現地政労使と協力して国際労働基準を参照しながら作ります。

 

日本の労働安全衛生の優れている点/改善すべき点

―日本の労働安全衛生は世界的に優れていると聞いたことがあります。実際国際的にみてどうでしょうか。

日本の安全衛生システムは優れている点もあれば、もっとグローバルな進展から学ばなければいけない点もあると思っています。日本の優れている点は、現場がきちんとしていることです。例えば、労働安全衛生法で定められているように、労働安全衛生委員会が職場に設置されていて安全衛生管理者がいて、労働者や経営者が集まって毎月会議をして職場の具体的な安全衛生リスクとその改善について話し合って次々と手を打っている。そういう現場の実践活動が日本は優れていると思います。

ILOで働いていて、日本の労働安全衛生の改善すべき点と思うところは、現場の安全衛生リスクを同定し軽減していくという本来の活動にさらに軸足を置くべきということです。それから、日本の労働安全衛生体系では、基本は雇用労働者が対象で、自営業者とか自営農家等はカバーされていません。EUとかイギリス、アジアではシンガポールとかマレーシアとか、世界の傾向としては自営業者あるいは自営農家も含めた包括的な労働安全衛生体制を作っている国が増えています。日本もすべての働く人々を業種や雇用形態に関わらず一律に支援する労働安全衛生の枠組みができればよいなと思います。

 

EUとかシンガポールでは自営業者の方に対する規制・ルールはどうやって現場の人に守られているのですか?

まずはそういうルールができたことを自営業者に周知することが大事ですよね。イギリスやシンガポールではホームページを見ると、自営業者向けにこういうことをしてくださいとか、そのための分かりやすいトレーニングツールとかが載っています。労働基準監督官は、たくさんある自営業者をすべて一軒一軒は訪問できないようですが、もし事故が起こった場合には現場に行きます。自営農業でも同じで、イギリス人の友達で監督官をしている人に聞いたら、確かに自営農家はあちこち散らばっていて、監督官は一軒一軒現場には行けない。でもやっぱり、情報提供と事故が起こった後の調査はすると言ってました。監督官の責任範囲であるわけですね。

 

技能実習生などを受け入れる農家は安全に気を付けているという話を聞きますが、人を雇っていない農家は、いちいち安全ルールについて気にせずに感覚でやられているのではないかと思います。ツールなどで啓蒙することで意識が高まるということでしょうか。

その通りですね。それと関連して、基本的に自営農家は労働安全衛生法の適用対象になっていませんが、それでも行政や専門機関からのサポートは大事です。

 

---

次回は、川上労働監督上級専門家のキャリアパスについて掘り下げています。

 

ぜひご覧ください!