ILO_Japan_Friends’s diary

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国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

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【まとめシリーズ vol.4】コロナ禍に聞く若者の働き方 :コロナ以前から続く問題意識の「見える化」(新卒一括採用&キャリア形成における固定観念&生涯学習)

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これまでのまとめシリーズはこちら↓

 

Vol.1

Vol.2

Vol.3

 

新卒一括採用

座談会にて就職活動中の困難や不安が共有される中で、新卒者として就職活動を行なったJさんは、新卒採用の流れから外れると今後就職の足がかりが掴みづらくなるのでは、と不安を感じた経験を共有してくれました。もし卒業のタイミングで就職ができなかったら…このような悩みは、一個人の悩みでもありますが、日本のキャリア形成、特に就職活動の特徴によって生じるものでもあり、多くの新卒就職活動者が持つ悩みといえます。

日本は一般的に、企業が卒業を予定している学生(新卒者)を対象に一括に求人し、限られた期間で採用試験を行なった後、卒業直後に入社する、いわゆる「新卒一括採用」という仕組みを取っています*1

これまで日本型雇用環境は終身雇用を特徴としており、未経験で熟練していない者を職務につけるための企業内教育が施される仕組みが成熟してきました。企業は教育への投資と回収期間という観点から、できるだけ長期の雇用契約を継続できる者にすることが合理的な判断であり、新規学卒者がその対象となるのは必然といえます。

企業が新卒として学生を採用する際は経験やスキルをあまり問わないため、学生は今後の成長可能性を見込まれ大企業への入社機会を得られるというメリットがあります。また、企業側は優秀な人材を早く確保できたり、採用の手間とコストを削減することができます。採用の形式に関する内閣府の調査によると、企業側が新卒一括採用を行う理由として「定期的に一定数の人材を確保できる」、「他社の風習などに染まっていないフレッシュな人材を確保できる」といった点があげられており*2、企業は育てやすい人材を定期的に確保するという観点からこの仕組みをメリットと捉えていることがわかります。

一方では、この仕組みが就活生の悩みの元になることも多くあります。卒業後は新卒枠から外れてしまうため、失敗できないというプレッシャーに苦しんだり、限られた時間で内定を得るために短期間で多数の企業を受けなければならず、心身への負担になったり学業への影響を及ぼす可能性があるためです。学生向けキャリア支援サービス会社が行った新卒生対象の調査によると、就活前の不安として「就職できるかどうか」が上位に、就活時に実際に大変だったこととして「スケジュールの過密さ」、「エントリーシートなどの負担」が上位に挙げられています*3。また、注目すべきもう1つの点は「就活費用」が上位に来ているということです。調査によると新卒生の就活費用は、全国平均16万1,312円となり、特に交通費・宿泊費が大きな負担となっています。さらに関東と地方平均には約5万円の差があることがわかりました*4。情報や教育、また就職の機会自体が都市部へ集中してしまう東京一極集中の問題と相まって就活生内で格差が生じ、都市部以外の新卒就活生により大きい負担となっていることがわかります。

企業の採用活動の対象が新卒に集中している中で、この期を逃してしまうとやり直しがきかないのではないかと不安は、既卒者の就職状況の難しさからも見て取ることができます。厚生労働省の調査によると、実際に過去1年間の既卒者応募受付状況に関して、新規学卒者の採用枠での正社員の募集に「既卒者は応募可能だった」とする事業所の割合は、調査産業計で43%となり、そのうち「採用にいたった」のは47%となっています*5。この調査から、既卒者となってしまうと就職の機会が制限されてしまう状況を確かめることができます。

学生にとって「新卒枠」は良いチャンスでもありますが、企業を決める判断基準をもちあわせていない場合があり、企業とのミスマッチによって早期に離職してしまうという問題も起こっています。2019年に厚生労働省が発表した「子供・若者白書の中の就労に関する若者の意識調査」では、3年未満で初職を離職した若者が30%を超え、離職理由として43.4%の若者が「仕事が自分に合わなかったため」としています*6

ミスマッチを防ぐ方法としてインターンシップ制度に注目が集まっていますが、日本のインターンシップ制度は採用活動ではなく教育活動の一環として位置付けられており*7、十分な就業体験を得られる機会として生かされていないという指摘もあります。大手人材サービス企業が行なった調査によると、企業のインターンシッププログラム内容に最も多かったのは、通常業務でない別の課題や職場の見学、社員との同席・同行で、また、実施期間についても「1日」としている企業がもっとも多く*8、実施内容と期間双方からして十分に企業と職務を理解できる期間とは言えません。この現状を認識し、日本の経団連は政府に対して、1日限りでは就業体験にはならないとして「ワンデーインターンシップ」の名称は使用しないように要請したり、教育活動として位置づけられているインターン制度に、採用活動を意識した規定を追加することを求めています。

学生にとってチャンスにも悩みの元にもなる新卒一括採用は一概にその良し悪しを判断することはできませんが、日本の労働市場の特徴とされてきた終身雇用や年功序列の慣行が崩れつつある中、一括採用ルールに対する見直しの声が高まっています。また、新型コロナウイルスの感染拡大と春の就活採用時期が重なり、就職活動に大きな支障が出たことを受けて、特定の時期に集中的に選考する方式に対して懐疑の声も高まっています。経団連は2021年度卒からの「採用選考に関する指針」の廃止を発表しました。指針の廃止に関する就活生の意見を調べた調査によると、廃止に賛成した学生は全体の60%となり、アンケートでは6割以上の学生が一括採用と通年採用の併用、または通年採用が望ましいと考えていることがわかりました*9。当事者である学生が現在の採用方式に対して違和感を覚えていたり、一括採用に対する変化を求めていることは明らかであると言えます。

「新卒」というチャンスを逃したくないがために悩まされる学生に配慮した新しい採用方式が必要であることは間違いありません。そのために新卒という期間に縛られず、様々なライフステージでより自由に就職活動に挑戦できる環境や制度が必要です。現在、新卒採用に比べて就職に不利とされている既卒者や第二新卒者を対象にした採用枠を増やすことは、新卒枠に縛られない就職活動を行うことができる方法の1つとなりえます。また、一定期間に集中している採用日程を分散させ通年採用を取り入れることは、一括採用による学生への負担を軽減させることができます。現在、企業による通年採用の実施率は25%程度にとどまっており*10、今後さらに多くの企業が実施することを期待できるでしょう。通年採用を実施することによって就職活動が長期化し、就活費用などの負担がさらに増加するかもしれないとの懸念がありますが、企業や政府、市民団体が負担軽減のための支援方法を模索することができるかもしれません。オンライン就活イベントの開催で移動を減らすことや一律的なリクルートスーツ着用の廃止、政府や自治体、学生団体や市民団体による就活生のためのゲストハウスの運営などの方法は就活費用軽減の方法の1つになりえます。さらに、インターンを活用したジョブ型の採用に積極的に取り組むことはミスマッチを防ぐ方法の1つになると同時に、新卒一括採用に代わる新しい採用方法となる可能性があります。

新卒一括採用を巡っては賛否両論の議論が続き、新しい採用の形式を議論する過渡期にあるため、すぐに別の制度へ転換することは難しいですが、学生にとって何が最も望ましい採用方法か、どのように負担を最小限にできるかといった視点を取り込んだ議論を行うことで、新卒一括採用よりさらに学生の活躍の可能性を広げられる採用制度を実施・実現できるかもしれません。

キャリア形成における固定観念

キャリアの中断

キャリア観に関して座談会で共有された意見の1つに、ある一定の固定観念がキャリア形成に影響を及ぼしているのでは、というものがありました。キャリア観において、すでに良しとされている固定観念や前提があり、それがキャリア形成の様々な選択へ影響を及ぼしたり、または課題となっているということです。その中で、キャリアの「空白」に対する認識に多数の座談会参加者が共感し、キャリアを形成する中で「空白」ができてしまうこと、組織に所属していないことに不安を感じる人が多くいることを確認できました。 

このような認識の背景には、日本の労働市場の特徴が影響していると思われます。日本では、仕事から離れている離職期間を「キャリアの中断」としてネガティブに捉えられる傾向があります。大学卒業後に入社、そして途絶えることなく定年まで勤め上げるという直線的キャリアが前提になっていることが多く、空白のないキャリアを良しとする慣行の中では、離職からの復職、再就職が不利になってしまうことがあります。

実際、日本の大手就職・転職サイトでは「離職期間は何ヶ月くらいまでなら許されるか」という質問に対して、「平均して3ヶ月、遅くとも6ヶ月以内」というアドバイスを出しており、なるべく「ブランク」を作らないことを注意すべき点として強調、長引く離職期間は採用に不利になることがあるとしています*11。このように、転職市場などでは一般的に不利にならない空白期間を3ヶ月程度と捉えており、実際多くの転職者が短い期間で次の職場へ移ります。厚生労働省が実施した転職者実態調査では、勤め先を離職後、次の勤め先に就職するまでの期間として「1か月未満」が 29.4%、「離職期間なし」が 24.6%、「1か月以上2か月未満」が12.5%となりました*12。この調査から、離職期間を3ヶ月以内に留めている人が半数以上いることがわかります。離職期間が長くなってしまうと復職や再就職の際に不利益を被るのでは、という不安によって労働者は休職・離職を敬遠したり、長期休暇取得さえも戸惑うなど、キャリアに空白ができてしまうことに恐怖を抱いてしまうのです。

この不安は特に女性にとって大きくなりがちです。女性の場合、結婚・出産・育児といったライフイベントによって離職を余儀なくされることがあり、復職や再就職などキャリア形成に関する悩みを抱えている人が多くいます。日本の人材サービス企業によるキャリアに空白のある女性に関する調査では、多くの女性が「育児や出産のため」を理由に退職・休職する現状が明らかになっています*13。また、内閣府の調査では第1子出産を機に離職する女性の割合は46.9%と、依然として高い状況にあることが指摘されています*14。このように女性は特に出産や育児のため離職を経験することが多いですが、離職からの再就職は容易ではありません。厚生労働省の出産・育児等を機に離職した女性の再就職状況について調べた調査では、再就職前に不安のあった人は8割前後にのぼり、「子育てと両立できるか」「仕事についていけるか」などを不安に感じている人が多くいることがわかりました*15。また、再就職活動で苦労したこととして「希望する条件に合う仕事が見つからない」「子どもが小さいため、家族などの支援体制がないと断られてしまう」などが多くあげられています。

再就業時の職務選択の基準としては、仕事内容、やりがい、雇用形態や給与水準を重視すると同時に、柔軟な働き方や家庭への配慮を求める傾向がありますが*16、判断力が必要な仕事や責任が伴う仕事の求人では、フルタイムや残業がある働き方を求めることが多く、様々な要件を考慮した上で採用に至るまでは相当の労力が必要となります。座談会の中でも、結婚や妊娠を考えると応募できる会社の幅が縮まってしまう、また、実際に離職からの就職活動が不利であることを感じたという声が共有されました。一般的にネガティブと捉えられているキャリア中断という状況が、女性により大きく影響を及ぼしていることがわかります。

キャリアの「空白」へ不安を抱える人は女性や転職者だけではありません。座談会に参加したJさんは新卒就職に失敗した時のキャリアの空白を気にかけていたり、Cさんからは、就活時に大学院在籍期間を「ブランク」として捉えられたという経験が共有されました。キャリアを形成する様々な段階で「空白」に対する悩みが存在していることがわかります。

労働市場においてキャリアの空白をネガティブに捉えるという慣行が変化するには長い時間がかかると思われます。ですが、空白に対する評価方法や現在すでに空白に悩まされる方への支援方法を考え直すことで改善を促すことができるかもしれません。特に出産や育児のためにキャリア空白ができやすい女性のための支援方法はさらに改善の余地があります。出産や育児のための離職をキャリアの途絶ではなく、ポジティブに捉える企業風土を醸成しようとする会社が好事例として取り上げられることがありますが、一定の企業だけでなくより多くの企業によって取り組まれるようにしなければなりません。また、労働者の空白に対する不安を払拭するために、人事評価では、勤務時間に比例して設定した成果目標を基準とする評価を取り入れ、休職のために働いていない期間が発生しても、休職や復職後の短時間勤務が過度にマイナスに反映されることがないよう配慮する必要があります。さらに、休職と復職の前後に上司や人事担当者と面談を行い安心して休職を取れるようにすることも大切です。ただし、休職をする労働者だけがメリットを感じる制度になってはいけないため、全ての従業員が不公平感を感じないように配慮した風土や制度にする必要があります。

平均寿命の向上とともに長期化する就業期間によって、働き方、キャリア形成ともに多様化しつつある中、キャリアの空白を一様にマイナスに捉えてしまうことは、これからさらに多様性を目指す個人・社会において障壁となりかねません。キャリアの継続性はもちろん評価されなければいけない部分ですが、「離職=キャリアの中断」というネガティブな慣行から脱し、さまざまな経験やチャレンジができる環境、またその期間を合理的に評価してもらえる環境を醸成する必要があるのではないでしょうか。

 

ジェネラリストの育成

ジェネラリストになるか、スペシャリストになるかという問いは、職業観やキャリア形成に大きく影響を与えます。座談会参加者のFさんはスペシャリスト/ジェネラリストをめぐる問題について、日本労働市場の一般的な傾向について意見を共有してくれました。日本企業が求め、育成する人材像として、スペシャリストよりはジェネラリストに重きが置かれており、このジェネラリストが重宝される傾向は個人のキャリアの選択にも影響を及ぼす可能性があるということです。

日本企業はこれまで、新規学卒者をジェネラリストとして採用し、転勤や配置転換などにより内部育成・昇進させていく「内部労働市場型の人材マネジメント」を主流としてきました*17。そしてその傾向は未だ続いていると言えます。厚生労働省が行なった「働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」の調査によると、「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」が全規模・全産業において39.8%と、最も構成比が高くなっており、次いで「スペシャリスト・内部人材の育成を重視する企業」が33.2%、「スペシャリスト・外部人材の採用を重視する企業」が15.9%、「ジェネラリスト・外部人材の採用を重視する企業」が 11.0%となっています*18

日本企業がジェネラリストを重宝し、育成するという傾向は、「ジョブローテーション(定期的な人事異動)」という人材育成制度からも垣間見ることができます。労働政策研究・研修機構が行なった企業の転勤の実態に関する調査によると、ジョブローテーションについて、「ある」とする企業が53.1%に登り、正社員規模別にみると、規模が大きくなるほどその割合は高くなっています*19。人事異動の頻度については、「3年」が27.9%ともっとも割合が高く、次いで、5年が 18.8%となっています。

異動を重ね、様々な業務を経験できるジョブローテーションは、社内事業を横断的に把握するジェネラリストとしての人材育成に適している制度と言えます。社員側にとって当制度はキャリアパスを描きやすくするメリットがあるとされています。異なる職種を多数経験することで、自分自身の適性を把握できるようになり、自身の意向やキャリア形成の方向性を具体化しやすくなるためです。また、複数の部門や業務を経験することで、多角的な視点を身に付けることで、複数かつ応用力の高いスキルを身に付けることができるとされています。

一方で、目的があいまいな異動や環境の変化により、仕事への意欲が下がってしまったり、異動の頻度が高いことによって、専門性を身に付けることが難しくなってしまう点により、個人のキャリア構築の自由度が下がることもあります。例えば、中途採用の求人表には「3年以上の経験」と書かれていることが多く、1分野に対して2,3年の期間では経験不足と捉えられてしまいます。そのため、経験は豊富だが専門性がなく、転職しにくい人材になってしまう可能性があり、注意すべきとされています。Fさんは総合商社や大手メーカーに勤めている5,6年目の友人の経験談として、「転職を望んでいるが、社外で通用しない知識やスキルばかりが身についており、転職市場で評価されない」、「専門性を突き詰められないまま時間がすぎた」という話を共有してくれました。ジョブローテーションはジェネラリストの育成制度としては有用ですが、転職市場ではジョブローテーションがある企業社員はジェネラリストではなく「社内スペシャリスト」と見られがちであることはジョブローテーションのデメリットの1つと言えます。

終身雇用制度や年功序列が前提として捉えられていた時代は、転職をせず1社で総合職としてスキルアップをし、ジェネラリストとして管理職になるというキャリア形成を目指す若者が多くいました。しかし終身雇用の終焉により、転職を視野に入れてキャリア形成を行う場合は、ジェネラリスト的なキャリアパスより他社でも活かせるスキルを習得する必要があると考える傾向が強くなります。また、AIやデータサイエンス等、デジタル技術の進化などにより、より高度な能力・スキルが求められる時代になるなか、専門知識を身に付けたいと考える若者が増加しています。一般社団法人日本能率協会が行った新入社員意識調査では「一つの仕事を長く続けて専門性を磨きたい」と、スペシャリストを志向する者が6割を超え、年々増加傾向にあることがわかりました。また、「個人が評価され年齢・経験に関係なく処遇される実力・成果主義の職場」で働きたいとする実力・成果主義志向の若者が増え、仕事に必要な能力やスキルを身に着けるために高い学習意欲を持っていることがわかりました。さらに、能力・スキルを身に着ける責任は「個人」にあると考える回答者が9割近くに登っています*20

職業観に変化があるのは労働者側だけではありません。グローバルな経済活動や人工知能などのイノベーションを企業の競争力として組み込むことの重要性が高まっている中、企業側によっても人材マネジメントの方針の変化の可能性が指摘されています*21厚生労働省の調査では、今後ジェネラリストとスペシャリストのどちらの重要性が高まると考えるかという質問に対して、「ジェネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」では、引き続きジェネラリストの重要性が高まると答えた企業が多いですが、グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、スペシャリストの重要性が高まると答えた企業の比率が高いことがわかりました*22。どのような能力を重視するかは企業戦略によって異なってきますが、これまでジェネラリストの育成に偏っていた人材マネジメントの方法に変化が求められていることを表しているのかもしれません。

このような中、企業には労働者の職業観の変化や時代が求めている人材を見極め、ジェネラリストの育成だけでなくスペシャリストにも焦点を当てた人材マネジメント方法を模索することが求められています。新型コロナ感染拡大による雇用情勢の不安定化などによって個人の能力やスキル向上に取り組む若者がさらに増えていますが、ジェネラリストの育成だけでなく、このような高い学習意欲に対してしっかりと成長支援をすることがますます大事になってきます。企業の人材育成方針は個人のキャリア形成に大きな影響を与えるため、会社の育成戦略を押し付けるのではなく、会社の方針と労働者のキャリア形成の目標をすり合わせるコミュニケーションをとった上で、社員のキャリア自律やキャリア形成支援を行うことが求められます。今後、新型コロナウイルスの影響も含めた社会の変化に合わせ、育成のあり方がどのように変化または維持され、どのように個人のキャリア形成に影響を与えるか注視する必要があるでしょう。

生涯学習・ライフロングラーニング

人生100年時代において、専門スキルや人生を豊かにする学びを習得することは、労働市場に入る前後にとどまらず、働いている時期も含めて人々が生涯にわたり学びを得られることが注目されつつあります*23。学びの目的は多岐にわたりますが、厚労省による令和元年「能力開発基本調査」によると、自己啓発*24を行った多くの人は仕事に必要な知識を身につけるために学びを実施していることが明らかです。また、将来的なキャリアアップも理由の一つです。内閣府「平成30年版 子供・若者白書」によると、より良い仕事に就くために就職後も学び続けることを希望しているかどうかについて、「条件が整えば、希望する」と回答した者が53.2%で最も多くなっています*25

座談会でも、労働市場と学びの場を行き来できる機会が今後増えることへの期待が述べられていました。しかし、機会を増やすための課題は様々です。例えば、座談会ではSさんは時間と金銭の問題を気にしていました。長時間労働が続いている仕事では、学びを実践する時間がないだけではなく、そもそも学びについて考える時間さえとることが難しいかもしれません。また、学習にかかってしまう金銭面の負担が重くのしかかり、学習を選択できない状況も生じ得ます。

このような課題は、実際の調査でも明らかになっています。厚労省による令和元年「能力開発基本調査」では、自己啓発を行う上での問題点として、「忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」が理由としてあげられていました*26。また、この調査ではワークライフバランスにおけるジェンダー平等の問題も露わにしています。正社員のみの調査結果をみると、「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」の回答が次点となっています。無償の家事労働に時間を費やすことが求められてしまう女性にとって、職場のみならず、家庭内労働にも時間を取られてしまうということです。さらに、企業による支援も積極的には行われていません。JILPTの調査によると、福利厚生としての自己啓発施策に関し、正社員に対する施策実施率は全2,809社のうち3割であり、従業員が自助努力すべきと考えている企業が全体の3割という結果になっており、自己啓発への支援はそれほど重視されていない傾向にあります*27。例えば資格試験の受験費用、テキスト費用、外部セミナーの参加費用など、社外での自己啓発にはお金がかかることが多いことを考えると、金銭的な支援も若年労働者の自己啓発や学びの促進には有効かもしれません。

個人が自己啓発において企業等から金銭面・時間面での支援を得るためには、自己啓発で得た成長や学びが企業等に還元される必要がありますが、企業側にも還元できる場を作る必要があります。目に見えて業務内容に直結する学びに限定せず、幅広い内容も対象とし、評価制度や職場環境に反映させることは、個人が多様な分野に取り組むモチベーションにもなります。このように、労働者のスキルアップが企業利益につながるように工夫していくことは、個人の自己啓発を可能にする環境を作り出します。

また、個人に関する問題だけなく、学びを得る場についても一層の取り組みが求められています。例えば、文科省による平成30年「文部科学白書」では、社会人が大学等で学ぶにあたって、実践的なプログラムが欠如している点が指摘されています。これに対応するために、文科省は「職業実践力育成プログラム」を設置し、社会人が学びやすい環境の整備が進めています*28。最近では、新型コロナの影響もありedXCourseraJMOOCUdemyなど、無料あるいは低価格で全世界の様々な高等教育機関の授業を受けられるサービスも広がってきています。また、ILOでも、責任あるビジネス慣行を実現するための「多国籍企業宣言」について学ぶことができる、新しいe-ラーニングプログラム「多国籍企業宣言(入門編)」日本語版が2020年9月よりリリースされました*29。学びのツールを拡充しつつ、個人が学びと労働を行き来しやすい環境を整備する必要があります。

 

第5章 終わりに

新型コロナウイルスは、ILOのモニタリングや新刊書で指摘されているように、若者の働き方に大きな影響を与えました。しかし、実際の若者のリアルな声を聞いていくと、パンデミック単体で引き起こされた問題というよりも、元からあった問題が地続きで存在し、若者のキャリアに影響を与えていることが浮き彫りになってきました。今回の企画を通して、私たちILOインターンが試みたことは、新型コロナウイルスの影響を特定すると同時に、元から存在していた若者のキャリアにおける問題を改めて整理することだったのです。この整理を通して、日本の若者は、自らキャリアと生活を設計/選択し、その選択の結果が社会に受け入れられて欲しいという考え方を持つ傾向にあることが指摘できるでしょう。また、ハラスメントや長時間労働などの問題からは、今まで「しょうがない」と黙認されてきた問題を「問題である」と認識する人が増えている印象を受けます。

もちろん、今回取り上げた「働き方、ハラスメント、新卒一括採用、キャリア形成における固定観念生涯学習」に関する問題は、第4章で明らかにした内容にとどまりません。また、今回は若者という切り口で整理しましたが、働き方にまつわる様々な課題は、世代を超えて存在しています。これらの課題を改善することは決して容易ではありません。それでも、今回の企画がコロナ禍を経て、より良い仕事の未来につながる何かしらのヒントを提供できていれば幸いです。(第4章で提示したアイデアの要点を以下にまとめました。)

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

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*1:厚生労働省(2018)「労働経済動向調査」p.11 

当調査によると、過去1年間(平成29 年8月から平成30 年7月まで)に、新規学卒者の採用枠で正社員を「募集した」とする 事業所の割合は、調査産業計で62%となっています。 また、その募集時期をみると、調査産業計では「春季」(69%)とする割合が最も多く、「年間を通して随時」(22%)、 「春季と秋季」(6%)の順となっています。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/1808/dl/roudoukeizaidouko.pdf 

*2:内閣府(2006)「企業の採用のあり方に関する調査」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9990748/www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h18/10_pdf/01_honpen/pdf/06ksha-servay.pdf

*3:サポーターズ(2019)「就活実態調査2019」https://corp.supporterz.jp/news/2019/student_survey

*4:関東平均12万7,664円、地方平均18万2,633円

*5:厚生労働省(2018)「労働経済動向調査」p.11 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/1808/dl/roudoukeizaidouko.pdf 

*6:厚生労働省(2018)「子供・若者白書 特集 就労等に関する若者の意識」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/s0_0.html?_fsi=KGGGf9qO

*7:文部科学省インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/sangaku2/1346604.htm

*8:リクルート就職みらい研究所(2019)「就職白書2019」 p.16 https://data.recruitcareer.co.jp/wp-content/uploads/2019/05/hakusyo2019_01-56_0507up.pdf

*9:パソナ総合研究所(2019) 「就職活動と会社・大学に求めるものに関する学生意識調査」https://www.pasonagroup.co.jp/news/index112.html?itemid=3318&dispmid=798%E3%80%80

*10:リクルート就職みらい研究所(2020)「就職白書2020 https://data.recruitcareer.co.jp/wp-content/uploads/2020/06/hakusyo2020_01-48_up-1.pdf

*11:例えば、doda「離職期間は何カ月までなら許される?」(https://doda.jp/guide/5min/010.html)、転職グッド「離職期間(ブランク)の平均は?6ヶ月を過ぎると採用に影響が出るの?」(http://jobgood.jp/8183)、マイナビエージェント「転職活動の期間の目安と早期決着のポイント」(https://mynavi-agent.jp/knowhow/period/) など。

*12:厚生労働省(2015)「平成27年転職者実態調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/6-18c-h27.html

*13:アデコグループ(2016)「女性の再就職・復職に関する意識調査」https://www.adeccogroup.jp/pressroom/2016/1222

*14:内閣府(2018)「第1子出産前後の女性の継続就業率」及び出産・育児と女性の就業状況について」http://wwwa.cao.go.jp/wlb/government/top/hyouka/k_45/pdf/s1.pdf

*15:厚生労働省(2015)「出産・育児等を機に離職した女性の再就職等に係る調査研究」p.26 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/dl/h26-02_itakuchousa00.pdf

*16:同上、p.35

*17:厚生労働省(2018)「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」p.109 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*18:同上、p.111 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*19:JILPT(2017)「調査シリーズNo.174『企業の転勤の実態に関する調査』」p.7 https://www.jil.go.jp/institute/research/2017/documents/174.pdf

*20:一般社団法人日本能率協会(2019)「新入社員意識調査報告書」https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/new_employees_2019.pdf

*21:厚生労働省(2018)「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」p.109 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*22:同上、 p.111

*23:リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所2030 Work Style Project(2013)「オピニオン#6 これからは「個が輝く時代」あまり考え込まずに、どんどん挑戦すべきです」https://www.recruit-ms.co.jp/research/2030/opinion/detail6.html

*24:自己啓発とは、労働者が職業生活を継続するために行う、職業に関する能力を自発的に開発し、向上させるための活動をいう(職業に関係ない趣味、娯楽、スポーツ健康増進等のためのものは含まない。)厚労省「能力開発基本調査 用語の解説」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/104-23c.pdf

*25:内閣府「平成30年版 子供・若者白書」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/pdf_index.html

*26:厚生労働省(2020)「能力開発基本調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/104-01b.pdf

*27:ILPT(2020)「 調査シリーズ No.203【第Ⅰ部】企業における福利厚生施策の実態に関する調査」https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/documents/203_01.pdf

*28:https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab201901/1420047.htm

*29:ILO(2020)「『多国籍企業宣言(入門編)』e-ラーニングプログラムのご案内」https://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_754779/lang--ja/index.htm