ILO_Japan_Friends’s diary

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国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

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ILO職員インタビュー第5回(1/2):坂本明子 技能・就業能力専門家

 本企画はILOや国際機関に関心のある方や将来のキャリアとして国際機関を考えておられる方にILOの具体的な姿をイメージしてもらえることを目的としています。職員の方へのインタビューを通してILOでの具体的な業務、やりがいやキャリアパスを皆様にご紹介していきます!

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前回の記事はコチラ↓

第4回(1/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家~業務内容ややりがい~

第4回(2/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家~キャリアパス~

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第5回目はILOアジア太平洋地域局の技能・就業能力専門家である坂本さんにお話を伺いました。

 

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在宅勤務中のバンコクの自宅にて


坂本 明子(さかもと あきこ)

英国ロンドン大学教育大学院博士号取得。専門は技能・職業教育訓練政策。ILOジュネーブ本部にて教育・職業訓練資格制度の整備等に従事した後、ILO南アジア局でインド、スリランカ、ネパール、バングラデシュ、そしてアジア太平洋地域総局で主にフィリピン、マレーシア、インドネシアベトナムの技能・職能訓練政策並びに制度形成を支援。現在は、ILOアジア太平洋地域総局のディーセントワークチームにて、職業教育訓練、生涯学習などを担当。

  

 

技能・就業能力専門家の仕事 

―現在の業務について教えていただけますか。

ILOアジア太平洋総局のディーセントワークチームにて、技能開発の専門家をしています。職業教育訓練、生涯学習などを担当しています。日本だと、教育というと若い人が学ぶ対象というイメージがありますが、私が担当する教育の対象はもっと広く人づくり、キャリアに関わる教育に携わっています。

現在は、主に3つの仕事を行っています。一つ目は、職業訓練、生涯教育に関連する政策の見直しや制度の効果を上げるためにILOパートナーと対話を通じて行う政策強化への支援です。二つ目は、職業訓練、生涯教育の政策実施や制度の見直しのために、具体的なプロジェクトの企画や実施を行います。三つ目は、技術・職業訓練に関する調査研究です。各国の事例研究、ILOのプロジェクトの評価等を行い、レポート、記事また出版物等にまとめます。ここでの分析が、一つ目や二つ目の仕事にインプットされ、更新、改善されながら、さらに効果的な政策支援へとつながっています。今は、これら3つの業務が相互につながった状況で仕事をしています。

 

COVID-19の技能・職業訓練への影響

―COVID-19によって、今の仕事内容に何か変化は起きましたか?

毎年時期によって3つの仕事の比重が異なるのですが、COVID-19の感染が拡大し始めた頃は、ちょうどインドネシア・マレーシア・フィリピンのプロジェクトが立ち上がる時期でした。このプロジェクトは、それぞれの国の技能・職業訓練制度の在り方を仕事の未来と包摂的な成長を助長する観点から見直そうとするものですが、外出制限が課され、職業訓練機関が通常に運営できない中で、当面の問題としていかに学びを継続していくことが課題になりました。オンラインでの訓練・教育の機会が注目を浴びる中、もともとプロジェクト内容の一つとして予定されていたオンラインを通じた教育の優先順位を上げ、訓練の機会をオンラインベースで確保できるよう支援を進めています。

また、これまで技能・職業訓練は都市部に集中し、農村地域の人々のアクセスの問題がありました。農村地域を含め、女性、若年層、社会的に弱い立場にいる人々に技能・職業訓練の機会をいかに均等にしていくのか、というのもプロジェクトの目的です。COVID-19は社会的に既に脆弱(vulnerable)な状況にある人々をさらに厳しい状況に追い込んだと思われます。今後プロジェクトを実施・拡大していくために、今は技能・職業訓練の機会の均等化に対する比重を高めているところです。

 

―COVID-19によって、急速にオンライン学習が世界的に注目されるようになりました。ポストCOVID-19において、技能・職業訓練は今までとどのように変化するとお考えですか?

オンライン学習は、これまで国によって学校教育においてはある程度浸透していましたが、技能・職業訓練では余り普及していませんでした。なぜなら、技能・職業訓練では理論だけではなく実技にも重点が置かれ、手を使って学ぶことが多いので、実技の学習、また評価をオンラインでどのように実施するのか、という点が課題でした。今後、職業訓練の分野でもオンライン学習だけでなく、スキルの需要や訓練の効果など、広くデジタル化が進むと思われます。しかし、経済がどれくらい、どの程度のペースで回復できるか、そもそも感染は収まるのか等、COVID-19のインパクトに関しては、まだ不透明なことが多いですね。

また、仕事を探したいと思っている人、そのためにスキルアップを考えている人は、この事態だからこそ今の雇用状況や労働市場をよく見て備えていく必要があります。中長期的にキャリアを考えるのであれば、COVID-19に対する企業の対応をみると多くの示唆があります。このような危機に企業がどう対応しているのか、経営の維持や雇用を守るためにどのような努力をしているのか、こういった点は企業の底力と基本的な姿勢が見える重要な指標だと思います。

「仕事の未来」はILOの100周年のテーマですが、そこにあるメッセージの一つは「仕事の未来」のビジョンはひとつではなく、自分たちで描いて、目指すものということ、そのために今何をすべきかを問いかけていることです。こういった考えは基本的に教育や訓練の在り方を考えるうえで当てはまると思います。今後、教育や訓練においては、労働者のより主体的な視点と行動が求められていきます。労働者自らが主体的にキャリアや仕事についてビジョンを持ち、そのために何をするべきか考えるアプローチが必要になってきます。これまで、教育・訓練は労働市場に入る前の準備として考えられてきました。しかし、労働市場に入るまでに特定の資格や技術を取れば準備万端であると言うことは通用しなくなり、変動が多い労働市場の中で、学びはこれまで以上に続くもの、求まれるものになるでしょう。労働市場に入った後も学び続ける「ライフロングラーニング」を広げていく制度が、今後一層必要になってきます。この点ではCOVID-19は失業者や雇用対策の一環として、スキルアップや新しいスキル取得の継続と、そのための制度作りの重要性を改めて示したといえます。ただ、生涯学習はライフプランニングを踏まえた広い考え方なので、たとえ仕事につながらなくても、自分の興味を追求する、何かを学ぶというその事実自体が、人間らしく生きるために重要であるとされています。

 

技能・就業能力訓練における制度の重要性

―労働者が主体的に行動するために重要なことは何でしょうか?

テクノロジーの進化、新しいビジネスモデルの模索が続く中、労働市場で求められるスキルは急速に変化していきます。ですので、「私の仕事の範囲はここまで」という現状維持より、仕事を通じて更なる学びの機会、スキルアップの機会を将来への就業能力をあげるための糧として前向きにとらえていく姿勢も大切です。

しかし、労働者の主体性を考える上で、これを個人の努力の問題として捉えることには気をつけなければなりません。学びの機会は均等ではなく、必ずしも自己責任の問題として捉えられないためです。ジェンダー、社会的背景、会社の規模など、様々な状況によって、人々が得られるスキルアップの機会は均等ではありません。必ずしも皆が学びを継続できる状況にいるわけではないため、学びのための支援、インセンティブ、報酬・リターンも一律ではありません。学びの機会をよりインクルーシブに確保し、提供することが重要になってきます。個人の範囲だけでなく企業や社会の問題として捉え、制度的にスキルアップの機会を設けなければなりません。企業の場合は、大切な人材として企業にいてもらう方法を考え、スキルアップの制度を整え、またそのインセンティブとリターンを考える必要があります。

 

どのようなスキルが自分に必要なのかを含め、キャリアを考える上で自分のビジョンを固めるのは難しい作業のように思えます。

将来像を描くことは確かに難しいですね。働き手がキャリアビジョンを描くことを企業が手伝うことも重要ですが、企業側がどのような人材が必要なのか、今後の事業展開の計画に絡めてメッセージを発信していくことが大切です。

これは、労働者のスキルを十分に活かせるか、というスキル活用(Skill utilization)の問題にもつながります。スキルアップしたものの、高い技術を持つ労働力に対する企業の需要は果たしてあるのか、ビジネスを展開していく上でその労働力をしっかり取り込めるか、技術・技能力に見合うだけの報酬は与えられるか、などの課題があるためです。ただ教育・訓練レベルが高ければいいというわけではなく、しっかりと労働者と使用者との需要と供給が合わなければなりません。そのために個人だけでなく、一人一人の労働者のスキルを支える、活用できる基盤、制度を含めて包括的に考える必要があるのです。

 

今後労働者に求められる力とILOの取り組み

ー坂本さんから見て、今後どのようなスキルが重要になってくるとお考えですか?

知識やスキルを学ぶことは大切ですが、好奇心や探究心、分析力、忍耐力、問題解決能力など、何かを学べる力やスキルアップをするための基礎となる力も同じく大切です。労働市場が常に動いている中で、その市場を追える力、将来のキャリアを描く力に繋がるためです。これらを強く持っていると、予想していなかった危機や展開があるときに主体的にその状況を打開していける原動力になります。これはスキルの有無と同じくらい大切です。このジェネラルな力の重要性はILOの中でも注目されています。

 

そのような力はどのように培われるのでしょうか?

逆説的かもしれませんが、ある分野、ある職業を深く長く、最低でもある程度の期間やることが一つの方法だと言えます。一つのことを追い求める過程では、先ほど話したような力の習得が必要とされるためです。しかし、途上国も含め雇用の機会が限られているところでは、即戦力として短期間の労働力が求められることが多く、このような力をつけることが難しい環境があります。このような環境では、キャリアアップをすることが難しく、中長期的な技術・技能を身につけづらいため、なかなかディーセントワークには届きにくいということもあります。そのため短期と中長期的な雇用機会にあわせてどのように技能訓練のバランスをとっていくかが大事になってきます。

 

 このような課題に対してILOはどのような活動を行なっていますか?

まず現場へ入って労働市場や雇用のニーズを確認し、技能・職業訓練の提供状況を把握します。その上でカリキュラムやコースの更新,改訂、職業訓練機関と企業との連携強化、またそこで必要となってくる法・制度整備等必要な部分をプロジェクトの形で支援します。ILOでは特にインフォーマルエコノミーで従事している方々へ中長期的なキャリアデザインの重要性を認識しています。基本的に現場のニーズに基づいて活動していますが、ILOが全てを請け負えるリソースはないので、ドナーに呼びかけを行うことも、逆にドナーの方からプロジェクトの提案が来ることもあります。



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後半は、坂本さんの仕事でのやりがいや大切にされていること、そしてキャリアパスについて掘り下げています。

記事はこちらから→ ILO職員インタビュー第5回(2/2):坂本明子 技能・就業能力専門家〜キャリアパス〜

また、以前、坂本さんには「活躍する日本人職員 」でもインタビューをさせていただきました。こちらの記事も是非ご覧ください。