ILO_Japan_Friends’s diary

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国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

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【まとめシリーズ vol.4】コロナ禍に聞く若者の働き方 :コロナ以前から続く問題意識の「見える化」(新卒一括採用&キャリア形成における固定観念&生涯学習)

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これまでのまとめシリーズはこちら↓

 

Vol.1

Vol.2

Vol.3

 

新卒一括採用

座談会にて就職活動中の困難や不安が共有される中で、新卒者として就職活動を行なったJさんは、新卒採用の流れから外れると今後就職の足がかりが掴みづらくなるのでは、と不安を感じた経験を共有してくれました。もし卒業のタイミングで就職ができなかったら…このような悩みは、一個人の悩みでもありますが、日本のキャリア形成、特に就職活動の特徴によって生じるものでもあり、多くの新卒就職活動者が持つ悩みといえます。

日本は一般的に、企業が卒業を予定している学生(新卒者)を対象に一括に求人し、限られた期間で採用試験を行なった後、卒業直後に入社する、いわゆる「新卒一括採用」という仕組みを取っています*1

これまで日本型雇用環境は終身雇用を特徴としており、未経験で熟練していない者を職務につけるための企業内教育が施される仕組みが成熟してきました。企業は教育への投資と回収期間という観点から、できるだけ長期の雇用契約を継続できる者にすることが合理的な判断であり、新規学卒者がその対象となるのは必然といえます。

企業が新卒として学生を採用する際は経験やスキルをあまり問わないため、学生は今後の成長可能性を見込まれ大企業への入社機会を得られるというメリットがあります。また、企業側は優秀な人材を早く確保できたり、採用の手間とコストを削減することができます。採用の形式に関する内閣府の調査によると、企業側が新卒一括採用を行う理由として「定期的に一定数の人材を確保できる」、「他社の風習などに染まっていないフレッシュな人材を確保できる」といった点があげられており*2、企業は育てやすい人材を定期的に確保するという観点からこの仕組みをメリットと捉えていることがわかります。

一方では、この仕組みが就活生の悩みの元になることも多くあります。卒業後は新卒枠から外れてしまうため、失敗できないというプレッシャーに苦しんだり、限られた時間で内定を得るために短期間で多数の企業を受けなければならず、心身への負担になったり学業への影響を及ぼす可能性があるためです。学生向けキャリア支援サービス会社が行った新卒生対象の調査によると、就活前の不安として「就職できるかどうか」が上位に、就活時に実際に大変だったこととして「スケジュールの過密さ」、「エントリーシートなどの負担」が上位に挙げられています*3。また、注目すべきもう1つの点は「就活費用」が上位に来ているということです。調査によると新卒生の就活費用は、全国平均16万1,312円となり、特に交通費・宿泊費が大きな負担となっています。さらに関東と地方平均には約5万円の差があることがわかりました*4。情報や教育、また就職の機会自体が都市部へ集中してしまう東京一極集中の問題と相まって就活生内で格差が生じ、都市部以外の新卒就活生により大きい負担となっていることがわかります。

企業の採用活動の対象が新卒に集中している中で、この期を逃してしまうとやり直しがきかないのではないかと不安は、既卒者の就職状況の難しさからも見て取ることができます。厚生労働省の調査によると、実際に過去1年間の既卒者応募受付状況に関して、新規学卒者の採用枠での正社員の募集に「既卒者は応募可能だった」とする事業所の割合は、調査産業計で43%となり、そのうち「採用にいたった」のは47%となっています*5。この調査から、既卒者となってしまうと就職の機会が制限されてしまう状況を確かめることができます。

学生にとって「新卒枠」は良いチャンスでもありますが、企業を決める判断基準をもちあわせていない場合があり、企業とのミスマッチによって早期に離職してしまうという問題も起こっています。2019年に厚生労働省が発表した「子供・若者白書の中の就労に関する若者の意識調査」では、3年未満で初職を離職した若者が30%を超え、離職理由として43.4%の若者が「仕事が自分に合わなかったため」としています*6

ミスマッチを防ぐ方法としてインターンシップ制度に注目が集まっていますが、日本のインターンシップ制度は採用活動ではなく教育活動の一環として位置付けられており*7、十分な就業体験を得られる機会として生かされていないという指摘もあります。大手人材サービス企業が行なった調査によると、企業のインターンシッププログラム内容に最も多かったのは、通常業務でない別の課題や職場の見学、社員との同席・同行で、また、実施期間についても「1日」としている企業がもっとも多く*8、実施内容と期間双方からして十分に企業と職務を理解できる期間とは言えません。この現状を認識し、日本の経団連は政府に対して、1日限りでは就業体験にはならないとして「ワンデーインターンシップ」の名称は使用しないように要請したり、教育活動として位置づけられているインターン制度に、採用活動を意識した規定を追加することを求めています。

学生にとってチャンスにも悩みの元にもなる新卒一括採用は一概にその良し悪しを判断することはできませんが、日本の労働市場の特徴とされてきた終身雇用や年功序列の慣行が崩れつつある中、一括採用ルールに対する見直しの声が高まっています。また、新型コロナウイルスの感染拡大と春の就活採用時期が重なり、就職活動に大きな支障が出たことを受けて、特定の時期に集中的に選考する方式に対して懐疑の声も高まっています。経団連は2021年度卒からの「採用選考に関する指針」の廃止を発表しました。指針の廃止に関する就活生の意見を調べた調査によると、廃止に賛成した学生は全体の60%となり、アンケートでは6割以上の学生が一括採用と通年採用の併用、または通年採用が望ましいと考えていることがわかりました*9。当事者である学生が現在の採用方式に対して違和感を覚えていたり、一括採用に対する変化を求めていることは明らかであると言えます。

「新卒」というチャンスを逃したくないがために悩まされる学生に配慮した新しい採用方式が必要であることは間違いありません。そのために新卒という期間に縛られず、様々なライフステージでより自由に就職活動に挑戦できる環境や制度が必要です。現在、新卒採用に比べて就職に不利とされている既卒者や第二新卒者を対象にした採用枠を増やすことは、新卒枠に縛られない就職活動を行うことができる方法の1つとなりえます。また、一定期間に集中している採用日程を分散させ通年採用を取り入れることは、一括採用による学生への負担を軽減させることができます。現在、企業による通年採用の実施率は25%程度にとどまっており*10、今後さらに多くの企業が実施することを期待できるでしょう。通年採用を実施することによって就職活動が長期化し、就活費用などの負担がさらに増加するかもしれないとの懸念がありますが、企業や政府、市民団体が負担軽減のための支援方法を模索することができるかもしれません。オンライン就活イベントの開催で移動を減らすことや一律的なリクルートスーツ着用の廃止、政府や自治体、学生団体や市民団体による就活生のためのゲストハウスの運営などの方法は就活費用軽減の方法の1つになりえます。さらに、インターンを活用したジョブ型の採用に積極的に取り組むことはミスマッチを防ぐ方法の1つになると同時に、新卒一括採用に代わる新しい採用方法となる可能性があります。

新卒一括採用を巡っては賛否両論の議論が続き、新しい採用の形式を議論する過渡期にあるため、すぐに別の制度へ転換することは難しいですが、学生にとって何が最も望ましい採用方法か、どのように負担を最小限にできるかといった視点を取り込んだ議論を行うことで、新卒一括採用よりさらに学生の活躍の可能性を広げられる採用制度を実施・実現できるかもしれません。

キャリア形成における固定観念

キャリアの中断

キャリア観に関して座談会で共有された意見の1つに、ある一定の固定観念がキャリア形成に影響を及ぼしているのでは、というものがありました。キャリア観において、すでに良しとされている固定観念や前提があり、それがキャリア形成の様々な選択へ影響を及ぼしたり、または課題となっているということです。その中で、キャリアの「空白」に対する認識に多数の座談会参加者が共感し、キャリアを形成する中で「空白」ができてしまうこと、組織に所属していないことに不安を感じる人が多くいることを確認できました。 

このような認識の背景には、日本の労働市場の特徴が影響していると思われます。日本では、仕事から離れている離職期間を「キャリアの中断」としてネガティブに捉えられる傾向があります。大学卒業後に入社、そして途絶えることなく定年まで勤め上げるという直線的キャリアが前提になっていることが多く、空白のないキャリアを良しとする慣行の中では、離職からの復職、再就職が不利になってしまうことがあります。

実際、日本の大手就職・転職サイトでは「離職期間は何ヶ月くらいまでなら許されるか」という質問に対して、「平均して3ヶ月、遅くとも6ヶ月以内」というアドバイスを出しており、なるべく「ブランク」を作らないことを注意すべき点として強調、長引く離職期間は採用に不利になることがあるとしています*11。このように、転職市場などでは一般的に不利にならない空白期間を3ヶ月程度と捉えており、実際多くの転職者が短い期間で次の職場へ移ります。厚生労働省が実施した転職者実態調査では、勤め先を離職後、次の勤め先に就職するまでの期間として「1か月未満」が 29.4%、「離職期間なし」が 24.6%、「1か月以上2か月未満」が12.5%となりました*12。この調査から、離職期間を3ヶ月以内に留めている人が半数以上いることがわかります。離職期間が長くなってしまうと復職や再就職の際に不利益を被るのでは、という不安によって労働者は休職・離職を敬遠したり、長期休暇取得さえも戸惑うなど、キャリアに空白ができてしまうことに恐怖を抱いてしまうのです。

この不安は特に女性にとって大きくなりがちです。女性の場合、結婚・出産・育児といったライフイベントによって離職を余儀なくされることがあり、復職や再就職などキャリア形成に関する悩みを抱えている人が多くいます。日本の人材サービス企業によるキャリアに空白のある女性に関する調査では、多くの女性が「育児や出産のため」を理由に退職・休職する現状が明らかになっています*13。また、内閣府の調査では第1子出産を機に離職する女性の割合は46.9%と、依然として高い状況にあることが指摘されています*14。このように女性は特に出産や育児のため離職を経験することが多いですが、離職からの再就職は容易ではありません。厚生労働省の出産・育児等を機に離職した女性の再就職状況について調べた調査では、再就職前に不安のあった人は8割前後にのぼり、「子育てと両立できるか」「仕事についていけるか」などを不安に感じている人が多くいることがわかりました*15。また、再就職活動で苦労したこととして「希望する条件に合う仕事が見つからない」「子どもが小さいため、家族などの支援体制がないと断られてしまう」などが多くあげられています。

再就業時の職務選択の基準としては、仕事内容、やりがい、雇用形態や給与水準を重視すると同時に、柔軟な働き方や家庭への配慮を求める傾向がありますが*16、判断力が必要な仕事や責任が伴う仕事の求人では、フルタイムや残業がある働き方を求めることが多く、様々な要件を考慮した上で採用に至るまでは相当の労力が必要となります。座談会の中でも、結婚や妊娠を考えると応募できる会社の幅が縮まってしまう、また、実際に離職からの就職活動が不利であることを感じたという声が共有されました。一般的にネガティブと捉えられているキャリア中断という状況が、女性により大きく影響を及ぼしていることがわかります。

キャリアの「空白」へ不安を抱える人は女性や転職者だけではありません。座談会に参加したJさんは新卒就職に失敗した時のキャリアの空白を気にかけていたり、Cさんからは、就活時に大学院在籍期間を「ブランク」として捉えられたという経験が共有されました。キャリアを形成する様々な段階で「空白」に対する悩みが存在していることがわかります。

労働市場においてキャリアの空白をネガティブに捉えるという慣行が変化するには長い時間がかかると思われます。ですが、空白に対する評価方法や現在すでに空白に悩まされる方への支援方法を考え直すことで改善を促すことができるかもしれません。特に出産や育児のためにキャリア空白ができやすい女性のための支援方法はさらに改善の余地があります。出産や育児のための離職をキャリアの途絶ではなく、ポジティブに捉える企業風土を醸成しようとする会社が好事例として取り上げられることがありますが、一定の企業だけでなくより多くの企業によって取り組まれるようにしなければなりません。また、労働者の空白に対する不安を払拭するために、人事評価では、勤務時間に比例して設定した成果目標を基準とする評価を取り入れ、休職のために働いていない期間が発生しても、休職や復職後の短時間勤務が過度にマイナスに反映されることがないよう配慮する必要があります。さらに、休職と復職の前後に上司や人事担当者と面談を行い安心して休職を取れるようにすることも大切です。ただし、休職をする労働者だけがメリットを感じる制度になってはいけないため、全ての従業員が不公平感を感じないように配慮した風土や制度にする必要があります。

平均寿命の向上とともに長期化する就業期間によって、働き方、キャリア形成ともに多様化しつつある中、キャリアの空白を一様にマイナスに捉えてしまうことは、これからさらに多様性を目指す個人・社会において障壁となりかねません。キャリアの継続性はもちろん評価されなければいけない部分ですが、「離職=キャリアの中断」というネガティブな慣行から脱し、さまざまな経験やチャレンジができる環境、またその期間を合理的に評価してもらえる環境を醸成する必要があるのではないでしょうか。

 

ジェネラリストの育成

ジェネラリストになるか、スペシャリストになるかという問いは、職業観やキャリア形成に大きく影響を与えます。座談会参加者のFさんはスペシャリスト/ジェネラリストをめぐる問題について、日本労働市場の一般的な傾向について意見を共有してくれました。日本企業が求め、育成する人材像として、スペシャリストよりはジェネラリストに重きが置かれており、このジェネラリストが重宝される傾向は個人のキャリアの選択にも影響を及ぼす可能性があるということです。

日本企業はこれまで、新規学卒者をジェネラリストとして採用し、転勤や配置転換などにより内部育成・昇進させていく「内部労働市場型の人材マネジメント」を主流としてきました*17。そしてその傾向は未だ続いていると言えます。厚生労働省が行なった「働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」の調査によると、「ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」が全規模・全産業において39.8%と、最も構成比が高くなっており、次いで「スペシャリスト・内部人材の育成を重視する企業」が33.2%、「スペシャリスト・外部人材の採用を重視する企業」が15.9%、「ジェネラリスト・外部人材の採用を重視する企業」が 11.0%となっています*18

日本企業がジェネラリストを重宝し、育成するという傾向は、「ジョブローテーション(定期的な人事異動)」という人材育成制度からも垣間見ることができます。労働政策研究・研修機構が行なった企業の転勤の実態に関する調査によると、ジョブローテーションについて、「ある」とする企業が53.1%に登り、正社員規模別にみると、規模が大きくなるほどその割合は高くなっています*19。人事異動の頻度については、「3年」が27.9%ともっとも割合が高く、次いで、5年が 18.8%となっています。

異動を重ね、様々な業務を経験できるジョブローテーションは、社内事業を横断的に把握するジェネラリストとしての人材育成に適している制度と言えます。社員側にとって当制度はキャリアパスを描きやすくするメリットがあるとされています。異なる職種を多数経験することで、自分自身の適性を把握できるようになり、自身の意向やキャリア形成の方向性を具体化しやすくなるためです。また、複数の部門や業務を経験することで、多角的な視点を身に付けることで、複数かつ応用力の高いスキルを身に付けることができるとされています。

一方で、目的があいまいな異動や環境の変化により、仕事への意欲が下がってしまったり、異動の頻度が高いことによって、専門性を身に付けることが難しくなってしまう点により、個人のキャリア構築の自由度が下がることもあります。例えば、中途採用の求人表には「3年以上の経験」と書かれていることが多く、1分野に対して2,3年の期間では経験不足と捉えられてしまいます。そのため、経験は豊富だが専門性がなく、転職しにくい人材になってしまう可能性があり、注意すべきとされています。Fさんは総合商社や大手メーカーに勤めている5,6年目の友人の経験談として、「転職を望んでいるが、社外で通用しない知識やスキルばかりが身についており、転職市場で評価されない」、「専門性を突き詰められないまま時間がすぎた」という話を共有してくれました。ジョブローテーションはジェネラリストの育成制度としては有用ですが、転職市場ではジョブローテーションがある企業社員はジェネラリストではなく「社内スペシャリスト」と見られがちであることはジョブローテーションのデメリットの1つと言えます。

終身雇用制度や年功序列が前提として捉えられていた時代は、転職をせず1社で総合職としてスキルアップをし、ジェネラリストとして管理職になるというキャリア形成を目指す若者が多くいました。しかし終身雇用の終焉により、転職を視野に入れてキャリア形成を行う場合は、ジェネラリスト的なキャリアパスより他社でも活かせるスキルを習得する必要があると考える傾向が強くなります。また、AIやデータサイエンス等、デジタル技術の進化などにより、より高度な能力・スキルが求められる時代になるなか、専門知識を身に付けたいと考える若者が増加しています。一般社団法人日本能率協会が行った新入社員意識調査では「一つの仕事を長く続けて専門性を磨きたい」と、スペシャリストを志向する者が6割を超え、年々増加傾向にあることがわかりました。また、「個人が評価され年齢・経験に関係なく処遇される実力・成果主義の職場」で働きたいとする実力・成果主義志向の若者が増え、仕事に必要な能力やスキルを身に着けるために高い学習意欲を持っていることがわかりました。さらに、能力・スキルを身に着ける責任は「個人」にあると考える回答者が9割近くに登っています*20

職業観に変化があるのは労働者側だけではありません。グローバルな経済活動や人工知能などのイノベーションを企業の競争力として組み込むことの重要性が高まっている中、企業側によっても人材マネジメントの方針の変化の可能性が指摘されています*21厚生労働省の調査では、今後ジェネラリストとスペシャリストのどちらの重要性が高まると考えるかという質問に対して、「ジェネラリスト・内部人材の育成を重視する企業」では、引き続きジェネラリストの重要性が高まると答えた企業が多いですが、グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、スペシャリストの重要性が高まると答えた企業の比率が高いことがわかりました*22。どのような能力を重視するかは企業戦略によって異なってきますが、これまでジェネラリストの育成に偏っていた人材マネジメントの方法に変化が求められていることを表しているのかもしれません。

このような中、企業には労働者の職業観の変化や時代が求めている人材を見極め、ジェネラリストの育成だけでなくスペシャリストにも焦点を当てた人材マネジメント方法を模索することが求められています。新型コロナ感染拡大による雇用情勢の不安定化などによって個人の能力やスキル向上に取り組む若者がさらに増えていますが、ジェネラリストの育成だけでなく、このような高い学習意欲に対してしっかりと成長支援をすることがますます大事になってきます。企業の人材育成方針は個人のキャリア形成に大きな影響を与えるため、会社の育成戦略を押し付けるのではなく、会社の方針と労働者のキャリア形成の目標をすり合わせるコミュニケーションをとった上で、社員のキャリア自律やキャリア形成支援を行うことが求められます。今後、新型コロナウイルスの影響も含めた社会の変化に合わせ、育成のあり方がどのように変化または維持され、どのように個人のキャリア形成に影響を与えるか注視する必要があるでしょう。

生涯学習・ライフロングラーニング

人生100年時代において、専門スキルや人生を豊かにする学びを習得することは、労働市場に入る前後にとどまらず、働いている時期も含めて人々が生涯にわたり学びを得られることが注目されつつあります*23。学びの目的は多岐にわたりますが、厚労省による令和元年「能力開発基本調査」によると、自己啓発*24を行った多くの人は仕事に必要な知識を身につけるために学びを実施していることが明らかです。また、将来的なキャリアアップも理由の一つです。内閣府「平成30年版 子供・若者白書」によると、より良い仕事に就くために就職後も学び続けることを希望しているかどうかについて、「条件が整えば、希望する」と回答した者が53.2%で最も多くなっています*25

座談会でも、労働市場と学びの場を行き来できる機会が今後増えることへの期待が述べられていました。しかし、機会を増やすための課題は様々です。例えば、座談会ではSさんは時間と金銭の問題を気にしていました。長時間労働が続いている仕事では、学びを実践する時間がないだけではなく、そもそも学びについて考える時間さえとることが難しいかもしれません。また、学習にかかってしまう金銭面の負担が重くのしかかり、学習を選択できない状況も生じ得ます。

このような課題は、実際の調査でも明らかになっています。厚労省による令和元年「能力開発基本調査」では、自己啓発を行う上での問題点として、「忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」が理由としてあげられていました*26。また、この調査ではワークライフバランスにおけるジェンダー平等の問題も露わにしています。正社員のみの調査結果をみると、「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」の回答が次点となっています。無償の家事労働に時間を費やすことが求められてしまう女性にとって、職場のみならず、家庭内労働にも時間を取られてしまうということです。さらに、企業による支援も積極的には行われていません。JILPTの調査によると、福利厚生としての自己啓発施策に関し、正社員に対する施策実施率は全2,809社のうち3割であり、従業員が自助努力すべきと考えている企業が全体の3割という結果になっており、自己啓発への支援はそれほど重視されていない傾向にあります*27。例えば資格試験の受験費用、テキスト費用、外部セミナーの参加費用など、社外での自己啓発にはお金がかかることが多いことを考えると、金銭的な支援も若年労働者の自己啓発や学びの促進には有効かもしれません。

個人が自己啓発において企業等から金銭面・時間面での支援を得るためには、自己啓発で得た成長や学びが企業等に還元される必要がありますが、企業側にも還元できる場を作る必要があります。目に見えて業務内容に直結する学びに限定せず、幅広い内容も対象とし、評価制度や職場環境に反映させることは、個人が多様な分野に取り組むモチベーションにもなります。このように、労働者のスキルアップが企業利益につながるように工夫していくことは、個人の自己啓発を可能にする環境を作り出します。

また、個人に関する問題だけなく、学びを得る場についても一層の取り組みが求められています。例えば、文科省による平成30年「文部科学白書」では、社会人が大学等で学ぶにあたって、実践的なプログラムが欠如している点が指摘されています。これに対応するために、文科省は「職業実践力育成プログラム」を設置し、社会人が学びやすい環境の整備が進めています*28。最近では、新型コロナの影響もありedXCourseraJMOOCUdemyなど、無料あるいは低価格で全世界の様々な高等教育機関の授業を受けられるサービスも広がってきています。また、ILOでも、責任あるビジネス慣行を実現するための「多国籍企業宣言」について学ぶことができる、新しいe-ラーニングプログラム「多国籍企業宣言(入門編)」日本語版が2020年9月よりリリースされました*29。学びのツールを拡充しつつ、個人が学びと労働を行き来しやすい環境を整備する必要があります。

 

第5章 終わりに

新型コロナウイルスは、ILOのモニタリングや新刊書で指摘されているように、若者の働き方に大きな影響を与えました。しかし、実際の若者のリアルな声を聞いていくと、パンデミック単体で引き起こされた問題というよりも、元からあった問題が地続きで存在し、若者のキャリアに影響を与えていることが浮き彫りになってきました。今回の企画を通して、私たちILOインターンが試みたことは、新型コロナウイルスの影響を特定すると同時に、元から存在していた若者のキャリアにおける問題を改めて整理することだったのです。この整理を通して、日本の若者は、自らキャリアと生活を設計/選択し、その選択の結果が社会に受け入れられて欲しいという考え方を持つ傾向にあることが指摘できるでしょう。また、ハラスメントや長時間労働などの問題からは、今まで「しょうがない」と黙認されてきた問題を「問題である」と認識する人が増えている印象を受けます。

もちろん、今回取り上げた「働き方、ハラスメント、新卒一括採用、キャリア形成における固定観念生涯学習」に関する問題は、第4章で明らかにした内容にとどまりません。また、今回は若者という切り口で整理しましたが、働き方にまつわる様々な課題は、世代を超えて存在しています。これらの課題を改善することは決して容易ではありません。それでも、今回の企画がコロナ禍を経て、より良い仕事の未来につながる何かしらのヒントを提供できていれば幸いです。(第4章で提示したアイデアの要点を以下にまとめました。)

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

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*1:厚生労働省(2018)「労働経済動向調査」p.11 

当調査によると、過去1年間(平成29 年8月から平成30 年7月まで)に、新規学卒者の採用枠で正社員を「募集した」とする 事業所の割合は、調査産業計で62%となっています。 また、その募集時期をみると、調査産業計では「春季」(69%)とする割合が最も多く、「年間を通して随時」(22%)、 「春季と秋季」(6%)の順となっています。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/1808/dl/roudoukeizaidouko.pdf 

*2:内閣府(2006)「企業の採用のあり方に関する調査」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9990748/www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h18/10_pdf/01_honpen/pdf/06ksha-servay.pdf

*3:サポーターズ(2019)「就活実態調査2019」https://corp.supporterz.jp/news/2019/student_survey

*4:関東平均12万7,664円、地方平均18万2,633円

*5:厚生労働省(2018)「労働経済動向調査」p.11 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/1808/dl/roudoukeizaidouko.pdf 

*6:厚生労働省(2018)「子供・若者白書 特集 就労等に関する若者の意識」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/s0_0.html?_fsi=KGGGf9qO

*7:文部科学省インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/sangaku2/1346604.htm

*8:リクルート就職みらい研究所(2019)「就職白書2019」 p.16 https://data.recruitcareer.co.jp/wp-content/uploads/2019/05/hakusyo2019_01-56_0507up.pdf

*9:パソナ総合研究所(2019) 「就職活動と会社・大学に求めるものに関する学生意識調査」https://www.pasonagroup.co.jp/news/index112.html?itemid=3318&dispmid=798%E3%80%80

*10:リクルート就職みらい研究所(2020)「就職白書2020 https://data.recruitcareer.co.jp/wp-content/uploads/2020/06/hakusyo2020_01-48_up-1.pdf

*11:例えば、doda「離職期間は何カ月までなら許される?」(https://doda.jp/guide/5min/010.html)、転職グッド「離職期間(ブランク)の平均は?6ヶ月を過ぎると採用に影響が出るの?」(http://jobgood.jp/8183)、マイナビエージェント「転職活動の期間の目安と早期決着のポイント」(https://mynavi-agent.jp/knowhow/period/) など。

*12:厚生労働省(2015)「平成27年転職者実態調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/6-18c-h27.html

*13:アデコグループ(2016)「女性の再就職・復職に関する意識調査」https://www.adeccogroup.jp/pressroom/2016/1222

*14:内閣府(2018)「第1子出産前後の女性の継続就業率」及び出産・育児と女性の就業状況について」http://wwwa.cao.go.jp/wlb/government/top/hyouka/k_45/pdf/s1.pdf

*15:厚生労働省(2015)「出産・育児等を機に離職した女性の再就職等に係る調査研究」p.26 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/dl/h26-02_itakuchousa00.pdf

*16:同上、p.35

*17:厚生労働省(2018)「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」p.109 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*18:同上、p.111 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*19:JILPT(2017)「調査シリーズNo.174『企業の転勤の実態に関する調査』」p.7 https://www.jil.go.jp/institute/research/2017/documents/174.pdf

*20:一般社団法人日本能率協会(2019)「新入社員意識調査報告書」https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/new_employees_2019.pdf

*21:厚生労働省(2018)「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」p.109 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf

*22:同上、 p.111

*23:リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所2030 Work Style Project(2013)「オピニオン#6 これからは「個が輝く時代」あまり考え込まずに、どんどん挑戦すべきです」https://www.recruit-ms.co.jp/research/2030/opinion/detail6.html

*24:自己啓発とは、労働者が職業生活を継続するために行う、職業に関する能力を自発的に開発し、向上させるための活動をいう(職業に関係ない趣味、娯楽、スポーツ健康増進等のためのものは含まない。)厚労省「能力開発基本調査 用語の解説」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/104-23c.pdf

*25:内閣府「平成30年版 子供・若者白書」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/pdf_index.html

*26:厚生労働省(2020)「能力開発基本調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/104-01b.pdf

*27:ILPT(2020)「 調査シリーズ No.203【第Ⅰ部】企業における福利厚生施策の実態に関する調査」https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/documents/203_01.pdf

*28:https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab201901/1420047.htm

*29:ILO(2020)「『多国籍企業宣言(入門編)』e-ラーニングプログラムのご案内」https://www.ilo.org/tokyo/information/pr/WCMS_754779/lang--ja/index.htm

【まとめシリーズ vol.3】コロナ禍に聞く若者の働き方 :コロナ以前から続く問題意識の「見える化」(働き方&ハラスメント))

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 これまでのまとめシリーズはこちら↓ 

Vol.1

Vol.2

第4章 コロナ以前から続く問題意識の「見える化

これまで、新型コロナウイルスILOインターン経験者を含む若者に与えている影響を見てきました。しかし、座談会参加者が今後のキャリアについての悩みや障壁を語る際には、パンデミック以前から続いている問題について言及する場面が多く見受けられました。ILOの報告書ではコロナパンデミック以前からも、若者は厳しい労働市場に直面していたとの指摘があります*1。そこで、第4章では座談会参加者のエピソードの中に示唆されている、コロナ以前から若者のキャリアに影響を及ぼしている要素を取り上げます。それらの要素に対する座談会参加者の抱く問題意識がどのようなものなのか、データを使いながら、課題を整理していきます。また、各テーマごとに、コロナ禍を経て今後どのような取り組みが出来るのか、私たちなりに考えたアイデアも提示します。

 

働き方

東京一極集中

座談会参加者のうち、実家や出身が関西と九州である2名からは、東京にキャリアの機会が集中しているという声が上がりました。Sさんは、大学院進学時に東京に引越し、インターンセミナーへのアクセス格差が関西/東京間にはあると実感したそうです。また、福岡に実家があるJさんは、仕事や機会が東京に集中しているため、東京で就職をすることにしたけれども、両親や自分の性格を考えると本当は実家の近くで働きたいと話していました。このような参加者の声は、東京一極集中が若い世代のキャリア構築にどのような影響を与えるのかを示す一例と言えます。

東京一極集中とは、東京都または1都3県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)に人口や政治・経済などの機能が集中する現象を指します。国立社会保障・人口問題研究所によると、2015年時点で総人口の28.4%が1都3県に集中しており、今後もこの割合は増加すると予測されています*2。また、2045年までの都道府県別人口推移は、他の46道府県は人口減少が予想される中、東京だけは2015年水準の人口が維持される(100.7%)とされています*3。2010年時点の人口を元にした推計では、2040年に東京都も93.5%に減少するとの結果*4が出ていたことから、2010~2015年の5年間で東京への人口集中が加速したことが分かります。

東京への人口集中の原因の1つとして挙げられるのは、若い世代の流入です。総務省統計局によると、2019年、東京圏の転入超過数は20~24歳が最も多く(7万9964人)、次いで25~29歳 (2万8084人)、15~19歳(2万4485人)となっています*5。まさに、座談会参加者と同様に大学/大学院進学、就職のタイミングで東京に引越しをする若者世代が多いことを示しています。

このような若者世代の動きは、大学や企業が東京に集中していることと関係しています。全国の大学に在籍する学生の4分の1は東京都で学んでおり、1都3県では4割を超えます*6。また、上場企業の本社所在地では、東京都が1823社で全国の半分強のシェアを占めており、上場企業本社数の全国に対する構成比については、2004~2015年の間に、首都圏が5%以上増加しています(逆に近畿圏は5%以上減少)*7。このことから、若者の東京流入は大学進学や就職の選択肢の多さと関係していることが想像できます。

このように、東京には若者世代にとって魅力的な学業と就職の選択肢、そして人との出会いが集中しており、地方と首都圏の差は今後も広がる傾向が続くことが予想されています。ただ、今回の新型コロナ感染拡大により、セミナーやインターン、授業のオンライン化が進んだり、いくつかの大企業はテレワークを新しい勤務形態として取り入れたりする動きが見られます。これらの動きを一時的な処置としてのみ捉えるのではなく、コロナ禍で”実験”できた新しい学び/教え方や働き方の良い点・悪い点を整理しながら、コロナ以前から存在していた問題の解決にどう活かしていけるのかを考えることが重要です。

東京一極集中による問題は、首都圏と地方の機会の差以外にも、首都圏の満員電車や待機児童問題、高い生活費による家計の圧迫などが挙げられます。現段階では、テレワークによって場所に縛られない個人の働き方が注目されていますが、今後はオフィス移転や地方オフィスの機能拡大なども含め、より組織的に人/雇用の分散をどのように実現できるのか検討していくことが必要でしょう。個人の学ぶ/働く/暮らす場所の選択肢が広がることで、自らが望む暮らしを実現しやすくなることをポジティブに捉える若者が多いため、このような議論は今後も活発になっていくことが期待されます。

 

長時間労働

キャリア構築の障壁について座談会参加者に聞いたところ、日本の長時間労働が課題として挙げられました。Sさんは、仕事に労働者が拘束されすぎており、労働者のキャリアチェンジや学ぶ機会を得にくいと感じており、労働者個人と社会全体の双方にとって良くないのではないかと意見を述べていました。

長時間労働の問題は以前より議論され、取り組まれてきました。労働政策研究・研修機構(JILPT)によると、2018年、週49時間以上の就業者の割合は19%と、2000年の28.3%から改善しているものの、欧州諸国に比べ、いまだに高水準であることが示されています*8。このような長時間労働への対策を強化するため、働き方改革関連法が2019年より施行されました。この法律では、残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間とし、臨時的な特別の事情に対しても上限が設定されています*9。特に、罰則も規定された点が改正前と大きく異なる点です。

長時間労働の削減に向けた法整備と統計上での労働時間の減少の一方で、日本の職場における長時間労働に対する評価はそれほどネガティブではないようです。内閣府によると、労働時間が長い人は、「上司や同僚が残業をしている人にポジティブなイメージを持っている」と感じており、「残業や休日出勤をほとんどせず、時間内に仕事を終えて帰宅すること」は、人事評価では考慮されていない企業が最も多いという調査結果が報告されています*10。これは、残業をしない人が評価されにくく、むしろ残業をした方が評価されるという職場環境が存在していることを意味しています。

職場においてはネガティブに評価されにくい傾向のある長時間労働ですが、健康への影響も看過できません。長時間労働メンタルヘルスを毀損する要因となりうることが実証的に認められた他、サービス残業が長くなると、メンタルヘルスを毀損する危険性が高くなることも明らかになっています*11。また、興味深いことに、属性別にみると、男性・40 歳未満・大卒といったグループではサービス残業メンタルヘルス悪化の要因として挙げられる一方、女性や大卒以外の層では金銭対価の有無にかかわらず時間的な拘束が長くなるほどメンタルヘルスが悪化する要因となることも示唆される結果が報告されています。つまり、属性によって長時間労働によってもたらされる精神的なストレスが異なる可能性が提示されています。

長時間労働は若者の離職理由にもなっています。JILPTの調査(対象は調査時点で20~33歳)によると初めての正社員勤務先を離職した理由として、男女双方の2割以上の人が挙げた理由は「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」「賃金の条件がよくなかったため」「肉体的・精神的に健康を損ねたため」「人間関係がよくなかったため」であり*12、労働条件や心身の健康が保たれない職場環境が影響していることが分かります。また、現在(離職者は離職直前、勤続者は調査時点)の週あたり実労働時間の平均値は、離職者(男性50.5時間、女性47.2時間)は勤続者(男性45.9時間、女性42.8時間)より約5時間長くなっており、週60時間以上働く人の割合も、離職者(男性24.4%、女性16.8%)は勤続者(男性11.1%、女性6.9%)の約2倍にのぼっています*13。これは、長時間労働が離職と関係していることを示しています。

では、若者が理想とする働き方とはどのようなものなのでしょうか。社会人1年目から3年目までの若者300人を対象にした調査では、若者の9割が理想とする「睡眠」「通勤」「食事」「趣味や自己啓発」の時間を実現するには、勤務時間を実働5.5時間以内に収める必要があるという結果が出ています*14。この結果は極端ですが、生活を重視する姿勢は他の調査でも明らかになっています。ある人材サービス会社の調査によると、20~30代の正社員の約8割が「自分にとって『働く』とは、主に生計を維持するための営利的な活動である」「仕事以外の生活を充実させたいので、仕事はほどほどにしたい」「労働時間ではなく、成果で評価してほしい」と回答しています*15

長時間労働は恋愛や結婚生活にも影響を与えています。長時間労働により、職場以外の人と新しく出会う時間を捻出しにくいため、新しい恋愛を始めにくいという声は座談会参加者からも上がっていました。また、交際を始められたとしても長時間労働の影響は顕著で、1ヶ月の平均残業時間が40時間を超える男女のうち、72%が交際相手とうまくいかなくなった経験があり、69%が結婚相手とうまくいかなかった経験があると答えました*16。これは、恋愛や結婚をしたい若者にとり、長時間労働が障壁の1つとなりうることを示唆しています。

長時間労働は働き手のメンタルヘルス、離職、生活の質、恋愛/結婚にまで影響するにも関わらず、職場の評価環境や労働者自身の意識はその危険性を十分に認識できていない現状があります。また、長時間労働の背景となる業務量の多さや人手不足、マネジメント不足、企業風土をそのままに業務時間のみを削減しようとしても、根本的な解決には結びつかないでしょう。むしろ、サービス残業や、制度と現実のギャップ、残業代カットによる生活苦など新しい問題が増えかねません。コロナ禍での在宅勤務では、「終電」を気にする必要がなくなったため、際限なく残業をしてしまうという新しい課題も出てきているようです。

既に法的規制は新しくなったため、今後は現場での取り組みが重要になってきます。ある研究では、職場リーダーの自発的な長時間残業は部下のワーク・ライフ・バランス満足度にマイナスの影響があることが明らかになっています*17。どうしても残業が必要な時以外は上司が率先して定時に帰るようにすることは、職場全体の残業削減の雰囲気づくりにも有効でしょう。また、テレワークや兼業/副業など働き方が多様化し、お互いが見えないところで働く状況が増えている中、今まで以上に上司と部下、チームメンバー間でのコミュニケーションは重要になってきています。チーム内の仕事状況が把握しやすいよう、個々人の予定や資料、顧客情報を共有したりすることは、チーム内での業務量の分担やサポートにも役立つでしょう。さらに、定期的に個人の業務を全般的を振り返る(評価ではなく)機会を設定することは、特に、業務量の多さなどの悩み事を自分からは言い出しにくい若手にとり、役に立つのではないでしょうか。


出産・育児とキャリアの両立

キャリアを構築する上で、キャリアと出産・育児をどのように両立すれば良いのか、不安の声がいくつか上がっていました。現在、求職活動中のCさんは、出産・育児とキャリアの両立が現実的に考えられている職場は少ないと感じ、産後復帰するためには、出産前から育休制度が整備されている仕事に就かなければいけないと考えていました。研究者を目指すJさんは、先輩女性研究者が妊娠・出産と研究の両立で苦労した話を聞いており、自分にもいずれ生じる問題なのだと話していました。

若者のこのような考えは、現在の働く世代が抱えている問題から反映されています。例えば、内閣府男女共同参画局によると、女性の就業希望者(231万人)のうち、非求職の理由の中では「出産・育児のため」が31.1%で最多となっており、出産・育児が女性のキャリアに大きく影響していることがわかります。更に、正社員でフルタイム勤務を希望する女性は、末子が未就園児の時は約1割、中学生以降は4~5割です。しかし、実際は末子が中学生以降でも正社員フルタイム勤務は2割弱、保育園・幼稚園段階でいったん上昇するも、小学生段階で未就園段階と同等まで落ち込み「非正社員で短時間勤務」が増加することが報告されています*18。子どもの年齢が上がれば、育児と仕事の両立がしやすくなるとは言えない状況が示唆されています。

育児と仕事の両立の難しさには、無償労働(家事・育児)が女性に偏る傾向があることとも関係しています。OECDの国際比較データ*19によると、 1日の無償労働時間は日本男性41分、日本女性224分と女性が男性の5倍の時間を無償労働に費やしていることが分かります。ただ、日本男性の1日の有償労働時間(452分)はOECD諸国の中でもメキシコに次いで2番目に長いことが報告されています。このことから、日本男性の無償労働時間の少なさは、有償労働時間の長さとも関係していると考えられます。 

無償労働の分担に大きな偏りがある一方、性別役割分業意識は近年薄まってきています。男女共同参画局による2016年「男女共同参画社会に関する世論調査*20では、女性の就業継続を支持する考え方が男女共に初めて50%超えになった他、固定的性別役割分担意識は、「賛成」(40.3%)が過去最少になりました。つまり、無償労働の分担をすることに対する意識は高まってはいるものの、男性の有償労働時間が長すぎるために、実質的に分担ができないという傾向があることが読み取れます。

また、職場における制度整備は進んでいます。厚生労働省の調べによると、2017年、育児休業制度の規定がある事業所の割合は、30 人以上の事業所では 93.2%(前年95.3%)となっており、育児のための所定労働時間の短縮措置等の制度がある事業所の割合は、69.6%(前年65.6%)と増加傾向にあります*21。また、「3歳未満まで」に次いで「小学校就学の始期に達するまで」の制度が多いことも報告されており、出産と乳幼児期の育児に対する支援が手厚いことが分かります。

しかし、このような意識変化や制度整備は、若者にも届いているのでしょうか?20~34歳の未婚者を対象とした調査によると、女性だけではなく、男性も対象とした制度整備は進んでいる一方で、制度自体が利用しにくい点や、結局長時間働いている人が評価される点が指摘されています*22。また、内閣府の平成30年「子ども・若者白書」では、16歳から29歳までの回答者のうち、86.2%が「子育てと仕事を両立しにくい職業がある」ことについて、「とてもそう思う」または「まあそう思う」と回答し、次いで、81.4%が「家庭のことを考えると転職や離職が難しくなる」と回答しています*23

他方で、同じ調査では70.4%が「結婚したり、子供を持ったりすると仕事にやりがいがでる」とも回答しており、出産・育児が仕事のモチベーションになることを示しています*24。このモチベーションを活用することで、仕事が家庭生活の犠牲の上に成り立つのではなく、相互にプラスになるような働き方や家庭生活の設計が実現できるのではないのでしょうか。

そのために、まずは、ジェンダー不平等の要因ともなっている無償労働の再配分が必要でしょう。家庭内において家事・育児を一方に負担させるのではなく、お互いのキャリアや仕事状況に応じて配分をすることが重要となります。その際に、例えば家事代行サービスなどを通して無償労働を有償化し、実際に家事・育児にはどのくらいの労力が使われているのかを可視化することも考えられます。そうすることで、パートナー同士で各自の労働時間・賃金を反映した家事労働の再分配をすることが可能になるでしょう。家庭内で役割分担意識を持ち続けるのではなく、ドラマ化もされた漫画「逃げるは恥だが役に立つ」で描かれた家族関係のように、パートナーが対等な関係で無償労働についてコミュニケーションをとることが大切となるでしょう。また、家事・育児を行う訓練を家庭内で実施することも、習慣付けやスキルの習得に有効です。例えば、パートナーと同居し始めた時期や子どもが中高生になった時期に、家庭内で家事・育児の方法を共有する日を設けます。意識的にこのような期間を設けることで、家事・育児スキルの習得にもつながり、担い手としての積極性が芽生える可能性を生み出します。さらに、無償労働の再配分には、有償労働の見直しも必要になってきます。1日の限られた時間の中で仕事をする時間が長すぎると、当然ですが、仕事外で使える時間は自ずと減っていきます。そのため、長時間労働を見直し、効率的に仕事を行い、仕事以外にも使える時間を増やすことは、無償労働の合理的な再配分にもつながるのです。

また、出産・育児と仕事を両立しているロールモデルを作ることも必要だと考えています。CさんやNさんの不安は、両立が困難であることを見聞きしてきたことも影響にあり、両立が現実的に可能であるのかが判断できない状況に起因しているのではないのでしょうか。例えば、整備された制度を実際に活用している、家庭内の無償労働を合理的に配分している、といった実践を実施しているロールモデルが周囲にいれば、このような不安は軽減されるかもしれません。もちろん、このようなロールモデルを増やすことも大事ですが、アプリ等のプラットフォームを使って、ロールモデルと若者が直接的につながれる機会を増やすことで、より具体的に不安の軽減や出産・育児とキャリアの両立に関する実践を若者に提供することが可能になります。

ハラスメント

パワハラ・セクハラなどのハラスメントも課題として座談会で言及されていました。民間企業で働いていた経験をもつFさんは、新人へのパワハラ・セクハラへの認識が不十分である事業所が多いと感じています。更に、パワハラ・セクハラへの耐久性が、個人の能力に結びつけて考えられる傾向を疑問視していました。

職場のハラスメントの現状を数字で見てみると、連合が2019年に実施した実態調査では、ハラスメントを受けたことのある人の割合は、回答者全体の38%と報告されています*25。また、2016年度の厚生労働省の調査によると、過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した従業員は32.5%(2012年度実態調査では25.3%)となっています*26。更に、都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は2012年度に相談内容の中でトップとなり、引き続き増加傾向にあります*27

ハラスメントに関する相談件数は増加傾向にある中、日本国内での職場でのハラスメント対策は進みつつあります。2019年5月に改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立し、2020年6月より大企業における職場でのパワハラ対策が義務付けられました。この法律により、パワハラの定義が改めて整理されました。しかし、但し書きとして「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。*28」という文言が記載されている点は注意が必要です。ハラスメント自体が被害者の感じ方に依る(同じ人に同じ言葉を言われても、感じ方は人によって異なる等)部分が大きいことを念頭に置いた上で、客観性を判断に組み込まなければ、ハラスメント被害が過小評価される可能性もあるからです。

ハラスメント対策は、法律整備だけでなく、労働者のハラスメントに対する意識を変えていくことも重要なポイントです。連合の調査によると、ハラスメントを受けた人のうち、誰にも相談しなかった人は44%に及んでいます。相談しなかった理由は、「相談しても無駄だと思ったから」(67.3%)が最も高く、「相談するとまた不快な思いをすると思ったから」(20.6%)と「誰に相談してよいのかわからなかったから」(17.0%)が続きました*29。このことから、ハラスメントについて相談することが有効な手段だと思っている人が少ないこと、また、相談する相手がいない職場環境が伺えます。これは、労働者自身の職場でのハラスメントへの理解が不足していることを示唆しています。

ハラスメントは若者の離職や就職活動にも影響しています。連合の調査によると、ハラスメントを受けて離職を選択した20代は27.3%、特に20代女性では33.3%と他の世代よりも高い数字となっており*30、ハラスメントが若手の離職の一因となっていることが分かります。また、同じ調査では20代男性の21%、20代女性の12.5%が「就活中にセクシュアル・ハラスメントを受けたことがある」と回答しており、就職活動への意欲低下や人と会うことが怖くなるといった影響が出ています*31。ハラスメントの中身としては、「性的な冗談やからかい」(39.8%)が最も高く、次いで、「性的な事実関係(性体験など)の質問」(23.9%)、「食事やデートへの執拗な誘い」(20.5%)となっており、採用面接やOB訪問などにおいて、性的なことを話題にされたというケースが少なくないようです*32

一方で、国際的な動向としては、2019年のILO総会にて「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」*33が圧倒的多数の支持を受け採択されました。この条約では、インターンや求職者、ボランティアなども保護の対象に含まれている他、場所も職場のみならず、通勤中、メール・社内SNSや社員寮など広く対象としています。このような広い範囲を含んだハラスメントの概念は、就活中のハラスメントの他、在宅勤務の増加に伴って生じている「リモハラ、テレハラ」も含むことができており、国内のハラスメント対策を進める上でも注目すべき条約と言えます。

では、新型コロナの影響で「職場」の定義が急速に広がり、今までには無かった形のハラスメントが発生する中、どのような対策が取れるでしょうか。ハラスメントを相談できる第三者機関と企業が提携し、相談しやすい環境をつくることは有効かもしれません。現状、ハラスメントを受けた多くの人が職場で相談できていない一方で、都道府県労働局に寄せられる相談件数が増加し続けていることから、話した内容が社内関係者に知られないことが担保されている相談機関が必要とされていると考えられます。また、このような機関は、大企業ではもちろんのこと、社内コミュニティの狭い中小企業ではより必要性が高いでしょう。さらに、ハラスメントに対する認識は世代間の差が大きいため、若手がハラスメントだと感じることも管理職以上にとっては「自分たちが受けてきたことよりマシ」なことが多く相互理解が進まないこともあります。その際も第三者の意見を参考にできる環境を整備しておくことは、問題解決の一助になるのではないでしょうか。

 

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ここまで読んでいただきありがとうございます!次回Vol.4は、第4章の続編です。まとめシリーズの最終投稿になります。ぜひご覧ください!

 

*1:p.13

*2:国立社会保障・人口問題研究所(2018) 「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」p.8 http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/1kouhyo/gaiyo_s.pdf

*3:同上 p.7

*4:国立社会保障・人口問題研究所(2013)「日本の地域別将来推計人口(平成25(2013)年推計)」 p.6 http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson13/1kouhyo/gaiyo.pdf

*5:総務省統計局(2019)「住民基本台帳人口移動報告2019年(令和元年)結果」p.2 https://www.stat.go.jp/data/idou/2019np/kihon/pdf/all.pdf

*6:大和総研(2018)「大学進学にともなう人口流出と地方創生~東京 23 区の大学定員増加抑制が人口流出阻止の切り札なのか~」https://www.dir.co.jp/report/research/policy-analysis/regionalecnmy/20180104_012631.pdf

*7:国土交通省(2019)「企業等の東京一極集中の現状」 p.3 https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/content/001319708.pdf

*8:労働政策研究・研修機構(2019) 「データブック国際労働比較2019」p.247 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/06/d2019_T6-03.pdf

同上(2015)「データブック国際労働比較2015」p.202 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2015/06/p202_t6-3.pdf

*9:厚生労働省「働き方特設サイト 支援のご案内」https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html

*10:内閣府 (2014)「男女共同参画局 ワーク・ライフ・バランスに関する 個人・企業調査」p.10 http://wwwa.cao.go.jp/wlb/research/wlb_h2511/9_insatsu.pdf

*11:黒田・山本(2014)「従業員のメンタルヘルスと労働時間:従業員パネルデータを用いた検証」https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/14j020.pdf

*12:JILPT(2019)「調査シリーズNo.191『若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)』」p.104 https://www.jil.go.jp/institute/research/2019/documents/191_03.pdf

*13:同上、p.117

*14:パーソル プロセス・テクノロジー(2017)「若者の理想の働き方調査を実施若者の8割は「残業ゼロで成果を出すタイプ」が理想の上司」https://www.persol-pt.co.jp/news/2017/08/09/1858/

*15:リクルートマネジメントソリューションズ(2017)「調査レポート 長時間労働に関する実態調査ー20~30代正社員の月の平均労働時間に関する実態と意識」https://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000000582/

*16:パートナーエージェント(2017)「長時間残業で恋愛や結婚生活がうまくいかなくなった経験者は約7割!「交際を諦めて仕事に集中」(15.5%)、「転職した」(9.2%)人も」https://www.p-a.jp/research/report_83.html

*17:渡辺・山内(2017)「職場リーダーの長時間労働が部下のワーク・ライフ・バランス満足度に及ぼす影響:病院に勤務する看護職における検討」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsha/54/2/54_65/_pdf/-char/ja

*18:男女共同参画局(2020)「令和2年版 男女共同参画白書http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/gaiyou/pdf/r02_gaiyou.pdf

*19:OECD Employment  : Time spent in paid and unpaid work, by sex https://www.oecd.org/gender/data/time-spent-in-unpaid-paid-and-total-work-by-sex.htm

*20:男女共同参画局(2016) 「共同参画 2016年12月号」p.3 http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2016/201612/pdf/201612.pdf

*21:厚生労働省(2018)「平成 29 年度雇用均等基本調査」p.14 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/71-29r/03.pdf

*22:ニッセイ基礎研究所「若者の現在と10年後の未来~働き方編-「働き方改革」の理想と現実のギャップ、アフターコロナに期待」https://www.nli-research.co.jp/files/topics/64268_ext_18_0.pdf?site=nli

*23:内閣府「平成30年版 子供・若者白書」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/pdf_index.html

*24:内閣府「平成30年版 子供・若者白書」https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/pdf_index.html

*25:日本労働組合総連合会(2019)「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20190528.pdf?50

*26:厚生労働省(2017) 「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000163573.html

*27:厚生労働省 職場のいじめ・嫌がらせ問題の予防・解決に向けたポータルサイト「あかるい職場応援団」 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

*28:厚生労働省(2020)「職場におけるハラスメント関係指針」https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/symposium_siryo_2.pdf

*29:日本労働組合総連合会(2019) 「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」p.5 https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20190528.pdf?50

*30:同上、p.7

*31:同上、p.8-12

*32:同上、p.9

*33:ILO駐日事務所 「2019年の暴力及びハラスメント条約(第190号)」https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_723156/lang--ja/index.htm

【まとめシリーズ vol.2】コロナ禍に聞く若者の働き方 :ILOインターン経験者が直面しているコロナの影響の「見える化」

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これまでのまとめシリーズはこちら↓

【まとめシリーズ vol.1】コロナ禍に聞く若者の働き方:はじめに&ILO調査から見る、新型コロナウイルスが若者に与えた影響

 

第3章 ILOインターン経験者が直面しているコロナの影響の「見える化

ここまで、ILO報告書に示されている新型コロナウイルスによる若者への影響を概観しました。

ILOの調査は世界中の若者が抱える課題の全貌を明らかにしましたが、私たちはさらに「若者」を細分化し、調査対象となっている若者一人一人が、キャリアを構築する上でどんな状況にあり、どのようなことを感じているのかを詳細に知り、その声を届けたいと思いました。そのため、ILO現役インターン及び経験者の8名と計3回の座談会を開催し、コロナ危機の中で各個人が直面している状況を共有、キャリアに関する意見を交換する時間を持ちました。

ここからは、ILO報告書で明らかになったことを踏まえ、若者一人一人がどのような状況に面しているか、座談会で共有されたそのリアルな状況を紹介していきます。

座談会参加者紹介

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大学院在学中、専門は国際人権法。大学卒業後から、研究者を目指すために大学院にて研究を継続。日本生まれ・日本育ちの外国籍であることから、日本の外国人問題にも関心を寄せる。今年から留学予定。

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大学院在学中、専門は人間の安全保障。韓国生まれだが、幼少期から日本で過ごす。宣教師である父の影響を受け、幼い頃から国際協力に関心を寄せる。来年からコンサルティング会社で就職予定。

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大学卒業後、イギリスの大学院にて開発教育・グローバル学習の修士号を取得。その後、人材育成/エグゼクティブコーチングを扱う企業を経て、現在、ILOインターンとして労働問題を勉強中。今年からパートナーの駐在先である南米に合流予定。

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国際協力実務家。大学卒業後、民間会社で勤務。その後、協力隊員としてマダガスカルで2年過ごし、イギリスの大学院にて国際開発学の修士号を取得。帰国後、ILOインターンを経て、現在は有期雇用職員としてコートジボワールで勤務。第1次産業と民間企業の連携に関するプロジェクトを担当し、プロジェクトの軌道修正やモニタリングなどに従事。

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大学を卒業後、一旦就職し、その後イギリスの大学院にて修士号を取得。帰国後は、自分の専門分野である移民労働者支援などの事業を行っている会社や団体をメインに求職活動中。その傍ら、国際開発業務関連のアルバイトにも従事。

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大学院在学中。モロッコをフィールドに、格差、貧困、不平等、それらの再生産について、特に教育の場に重心を置きながら研究。

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金融機関勤務、新卒1年目。法学部を卒業後、労働政策、労働法、政策の定量分析を勉強したいと考え、公共政策大学院に進学。現在は金融機関に勤務し、幅広い視野を持って金融関連の業務ができることに魅力を感じている。オンラインでの新人研修真っ最中。

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弁護士。労働法が好きで、大学院で団体交渉義務違反を研究しながら、所属する弁護士事務所では弁護士として使用者側から新型コロナウイルス関連の相談やその他株式やM&Aなど金融関連の業務も担当。自らを発信していくことの大切さを感じ、最近ではSNSを通して積極的に発信中。

雇用

ILOの8月の報告書は、コロナ危機が世界中の若者の労働市場に劇的な影響を与え、雇用問題がかつてない深刻な状況にあることを明確に示しました。18-29歳の若者の6.9%はすでに職を失い、10.5%は雇用されていても実質の労働時間がゼロになったと報告、合計17.4%が仕事をなくしている状態にあり、これは6人に1人が働くことができていないことを示しています*1若者の失業のほとんどは、企業の廃業や解雇によるものであり、パンデミック発生後に失職した若者の約半分(54.0%)が、その理由として、勤めていた企業が閉鎖されたか、解雇されたかのいずれかを挙げています*2

座談会の参加者にも、このような問題を抱えている若者がいました。CさんはILOインターン修了後に、すぐに2ヶ月間の業務委託勤務を予定していましたが、コロナの影響により1ヶ月間の勤務に変更されてしまいました。また、転職活動中にコロナ危機に突入したため、活動に大きく支障が出ているということです。

Tさんも、同様の問題に直面しています。Tさんは、国際協力実務家として第1次産業と民間企業の連携に関するプロジェクトを担当し、有期雇用職員としてコートジボワールで勤務しています。契約上では、2021年12月まで駐在の予定だったのですが、コロナの影響で日本に一時帰国せざるを得ませんでした。プロジェクトの現場に行けず、いつ戻れるかも定かでない中、今後の計画や給与に大きく影響が出ています。 

大学院生のKさんは、夏に予定していた研究のための現地調査が中止になってしまいました。研究上では現地調査が重要な位置を占めているため、現地に行けないとなると、向こう数年間の計画を大きく変更しなければいけないとのことです。

コロナによる影響は、すぐに就職や雇用に関連する問題として現れてはいませんが、今後の雇用に影響を及ぼしうる状況を生み出しています。ILO報告書は多くの若者、特に学びの場から職場への移行期にある若者が、前例のない規模の労働市場リスクに晒されていると警鐘をならしていますが、その背景には若者のこのような状況があるのではないでしょうか。 

労働時間の減少と収入 

雇用の問題とともに特に顕著に見られる課題は、労働時間の減少とそれに伴う収入の減少です。報告書によれば、仕事をしている若者のうち約37%の回答者に労働時間の減少が見られ、労働時間の減少があった若者のうちの約78%には、約42%の賃金減少が見られています*3

座談会では、勤務期間が短縮してしまったCさんはもちろん、一時帰国を強いられたTさんもまた、給与に影響が出ていることを話されました。コートジボワール駐在中は現地手当が支払われますが、日本にいる間は手当を受けることができません。そのため、給料がコロナ前の約3分の1になってしまいました。特にTさんは在学中、学費を返済型奨学金で賄っており、卒業後奨学金返済の義務を抱えている身として、余波を大きく受けているといいます。

収入減少による生活への影響は、Jさんにも現れていました。Jさんは研究の傍、生活費、特に毎月の家賃の支払いのためにアルバイトをしてきましたが、勤務先が一時閉鎖し、数ヶ月間アルバイト分の収入がなくなってしまいました。それでも家賃は支払い続ければならないので、それまでの貯金を切り崩してなんとか生活してきましたが、もし貯金がなくなってしまったらどうすれば良いか、勤務先に感染者が出るなどして再度閉鎖になってしまったらどうしたら良いか不安が残るといいます。

報告書による、教育を受けている若年労働者のうち、収入が少ない人は学業を終えることができないかもしれないし、また、失ってしまった仕事の経験や収入は補うのが難しいかもしれない、という危惧は、まさにこのように一人一人が瀕している状況に現れています。

労働時間の増加

労働時間に関連する負の影響は、労働時間の減少だけでなく、増加という逆の方向にも現れています。調査対象の若年労働者の17%が、1日の労働時間が7.3時間から10.3時間に増加したと報告しているためです。このグループのうち、3 分の 2(67%)が 1 日 10 時間以上働いていると報告しています。報告書は、若年労働者の30%がパンデミック発症後に収入が減少したと回答していることから、収入の減少を補うために長時間労働をしている可能性があると指摘しています。

一方では、在宅勤務、テレワークなどに切り替わったことによって長時間労働になりがちという声もあります。Fさんはインターンスタート後にテレワークへ切り替えましたが、テレワークではプライベート時間との切り分けが難しく、働きすぎてしまうことがあると語りました。若年労働者だけでなく、テレワークのデメリットの1つとして長時間労働になりやすいことを指摘している人が多くいることから*4、労働時間の増加の原因としてテレワークがあることは否定できません。調査では在宅勤務とデジタルプラットフォーム、または他の形態での勤務を区別していませんが、労働時間が増加しているという若年労働者の報告は、仕事からの切り離しが困難であることを示唆しており、注視すべきとしています。

ジェンダー

報告書によると、雇用、収入減少や自己評価生産性におけるジェンダー間の差は、大部分、若者の男女の職業の違いやその他の社会経済的要素によってもたらされています*5。この調査は高等教育を受けた若い男女の状況を反映していますが、若い男性は失業や労働時間の減少、収入減少により影響を受ける一方、若い女性は自己評価生産性がより低い傾向にあります。雇用形態(公/民間)と主要な職業グループ(ISCP-08)に沿って、同年齢の若い男女を比較すると、ジェンダー間の差は、収入減少では3分の1(37%)、労働時間の減少では2分の1(53%)、失業についてはほぼ見られないほど(98%)に減少しました。一方、自己評価生産性に関してのみ、ジェンダー間の差は有意に確認されました(9%)。この結果には、家事やケアの増加などの仕事以外の要素が影響している可能性があります。また、労働力調査の結果は若い女性の労働市場の見通しはこのコロナ危機により深刻な影響を受けたことを示しており*6、過去の経済危機の調査からは、景気の低迷が及ぼす影響が男女で異なることもわかっています*7。そのため、新型コロナウイルスジェンダーにおける影響を理解するためには、更に詳しく調べる必要があるでしょう。

座談会の中では、男性の参加者が1名しかいなかったこともあり、パンデミックの影響のジェンダー間の差については話題に上がることはありませんでした。しかし、コロナ禍以前から抱えている女性側の悩みは解消されることなく、引き続き不安要素となっているようです。このテーマについては第4章で詳しく見ていきます。

働き方

パンデミック下、約4分の3(72%)の若年労働者が部分的、または、完全に在宅勤務をしていると報告されています*8。管理職(82%)、専門職(77%)、技術職(78%)の若者は、事務職や営業、その他の職種(54%)よりも在宅勤務をしている割合が高く、民間部門で働く若者(68%)の方が、公共部門の若者(77%)よりも在宅勤務をしている割合が低いことがわかりました。若い女性(75%)の方が若い男性(68%)よりも在宅勤務をしていることが報告されています*9

座談会参加者も、コロナ禍で在宅勤務を一部、または、完全に取り入れていると回答していました。弁護士のOさんは、2月からリモート、緊急事態宣言解除(2020年5月25日)後は週2でオフィスに出勤する日々を過ごしています。コアタイム出勤(10時出勤16-17時前に帰宅)と在宅を組み合わせて仕事を続けているそうですが、仕事は家でもできるという気づきが大きかったと在宅勤務に肯定的な意見を持っていました。一方、金融機関勤務、新卒3か月目のSさんは、現在新人研修を全てオンラインで実施しており、今後、出社する上で生じる変化への不安があるとのことでした。 

更に、現役インターンは3月から完全在宅勤務へと切り替わったこともあり、リモートに対する様々な意見が交わされました。Jさんは最初から最後までリモートでインターン期間を過ごしました。当初は顔も知らない職員と仕事をするにあたって、非常に気を遣ったことや、通常のインターンであれば得られるはずであった新しい人々との繋がりが全く享受できていないことに残念な気持ちを表していました。NさんとFさんは最初の1か月間はオフィスに通い、その後完全在宅に移行したことから、仕事の仕方の変化に戸惑ったといいます。一方、Fさんは、リモートワークの良かった点として、上司との密なオンラインコミュニケーションを挙げ、会えなくなるからこそ、ちゃんと機会を設けることがより重要だと述べました。

教育と訓練

報告書では、教育と訓練を修了することが難しいと若者が予測していることから、キャリアの見通しは不確かさ(40%)と恐怖(14%)に満ちていることが明らかになりました*10。これは、学校や学ぶ場の閉鎖が若者の社会的な接触を奪っていることと関連すると見られています。

現役インターンのNさんも2020年秋からの留学を予定していましたが、渡航が難しくなり、年内の授業は全てオンラインに切り替わりました。教育の機会は確保されたものの、留学先での就職までを視野に入れていたため、今後のキャリアに対する不安が生じていると述べていました。

しかし、新型コロナ危機や学校閉鎖の状況下に置かれていても、約半数の若者は新しい学びの機会を獲得しています*11。調査対象の44%、その中でも、高等教育を修了した若者の53%がパンデミックの始まりから新しい勉強を始めています。多くの若者は特定の職業に関する、または、技術的なスキルを向上させるコースを受講している(54%)一方で、その他様々な学びの機会(外国語、ICT、コミュニケーションスキル、問題解決、チームワーク)にも関心を示していることが報告されています。

座談会参加者のOさんは留学によるスキルアップを考えていましたが、パンデミックにより、その予定を変更せざるを得ない状況に置かれています。しかし、Oさんは留学は手段の1つであったとして、別の方法を探す事に意欲を見せていました。

 

以上、ILOの報告書で示されている数量的データとして若者の声と、ILO駐日事務所のインターン経験者8名のリアルな声を重ね合わせることで、パンデミックによって影響を受けている若者が直面している具体的な状況に目を向け、整理しました。雇用問題や収入減少、労働時間の増加、ジェンダーに起因する今後のキャリアへの不安、在宅勤務への移行、そして、予定していた教育機会に関する変更など、座談会参加者がこのコロナ禍で経験している問題や変化は、ILOの報告書で示されていた事柄と重なる部分が多くありました。このような点から、ILOの報告書で示された新型コロナウイルスの若者への影響は、ILOインターン経験者もある程度共有していると言えます。ただ、その状況の背景には様々な個人的な事情があることや、状況自体の捉え方も多様であることも同時に分かりました。

 

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ここまで読んでいただきありがとうございます!

Vol.3では、第4章で座談会参加者のエピソードに示唆されている、コロナ以前から若者のキャリアに影響を及ぼしている要素を取り上げ、これらの影響を乗り越えるためのアイデアを提示していきます。ぜひご覧下さい!

*1:ILO(2020) "Youth&COVID-19: Impacts on Jobs, Education, Rights and Mental Well-being”, https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_emp/documents/publication/wcms_753026.pdf, p.13

*2:同上、p.18

*3:同上、p.19

*4:2019年3月に東京都産業労働局によって公表された「多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」によると、在宅テレワーク経験者が感じているデメリットの上位に「長時間労働になりやすい」が挙げられています。https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/hatarakikata/telework/30_telework_tyousa.pdf

*5: p.19

*6:ILO (2020) “Preventing exclusion from the labour market: Tackling the COVID-19 youth employment crisis” https://www.ilo.org/emppolicy/pubs/WCMS_746031/lang--en/index.htm

*7:Rubery, J. and Rafferty, A. (2013) “Women and recession revisited. Work, employment and society”, 27(3), pp.414-432.

*8:p.20

*9:この男女差の30%は、サンプル中の男性が女性よりも民間部門(在宅勤務の環境整備が公共部門よりも整っていない)で働いている傾向にある事に起因しています。

*10:p.26

*11:p.26

【まとめシリーズ vol.1】コロナ禍に聞く若者の働き方:はじめに&ILO調査から見る、新型コロナウイルスが若者に与えた影響 

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今回のまとめシリーズの元になった座談会の記事はこちら↓

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol.1

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol.2

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol. 3

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第1章 はじめに

新型コロナウイルスは、これまでの私たちの生活を一変させ、移民労働者、女性など、それぞれのグループが直面している課題を露わにしています。その中でも、「ILOモニタリング資料:新型コロナウイルスと仕事の世界 第4版」は、新型コロナウイルスが若者に与えた影響に着目しました。(モニタリングでは若者を18-29歳と定義します。)

 

モニタリングは、若者が受ける3重のショックを指摘しています:

パンデミック発生後、働かなくなった若者は6人に1人を上回り、就労中である若者も労働時間が23%減少。

②雇用に止まらず、教育や訓練も中断された。

③雇用、教育、訓練の中断の結果、若者の就職活動や転職に大きな障害が発生。

 

また、8月12日の国際青少年デーに際し公表された報告書 "Youth&COVID-19: Impacts on Jobs, Education, Rights and Mental Well-being"では、約112カ国・12,000以上の18-34歳のアンケート回答をもとに、雇用、教育及び訓練、精神的ウェルビーイング、権利の4つの分野において若者が受けた影響を詳細に分析しています。

 

これらの調査を受け、私たちILOインターンの中で、こんな問いが浮かんできました:

新型コロナウイルスの影響が及ぶ社会の中で、実際の若者はキャリアについて何を思い、何を感じているのか?

 

今回、ILO調査から明らかになった若者への影響を足がかりに、実際の状況を「見える化」するために、ILOインターン経験者計8名の座談会を行いました。本調査レポートでは、第2章でILO報告書の内容を概説し、第3章では座談会から得られたエピソードにも見られるコロナの影響を明らかにしていきます。そして、第4章では、座談会参加者のエピソードに示唆されている、コロナ以前から若者のキャリアに影響を及ぼしている要素を取り上げ、これらの影響を乗り越えるためのアイデアを提示します。この報告書を通して、若者が考える「仕事の未来」とは何か、その答えのヒントとなる示唆を見せられたらと思います。

 

パンデミックの影響は人によって様々です。ILOモニタリングのようなマクロの視点に基づいた分析やデータと同じように重要であるのは、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」と誓った持続可能な開発目標(SDGs)を体現する観点です。つまり、一人一人のリアルな声を拾っていくことが、パンデミックの影響の実態をよりよく知ることにつながるのです。

 

※なお、座談会の内容・情報は、座談会を実施した2020年6月時点のものです。

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(座談会の様子)

第2章 ILO調査から見る、新型コロナウイルスが若者に与えた影響 

まず、報告書 "Youth&COVID-19: Impacts on Jobs, Education, Rights and Mental Well-being"で示されている影響を概観していきます*1

「雇用」の分野では、報告書はCOVID-19が発生する以前から、若者は厳しい労働市場に直面していたと指摘しつつ、以下の影響を明らかにしています:

 

  • アンケート回答者の約17.4%の若者が仕事を失った。
  • 仕事を失った若者のうち、約6.9%の回答者は失業し、約10.5%の回答者は雇用されている状態にあるが、実質的な労働時間はゼロである。
  • 仕事をしている若者では、約37%の回答者に労働時間の減少が見られ、約17%の回答者に労働時間の増加が見られた。
  • 労働時間の減少があった約78%の若者には、約42%の賃金減少が見られた。
  • 仕事を失った若者の職業として多かったのは、事務支援、サービス、販売、工芸及び関連業種である。
  • 労働時間や収入の減少は、多くの若者をかつてない労働リスクにさらしている。その多くは、教育から労働への移行期にある若者である。
  • 労働時間が増加した若者は、長時間労働及び仕事から離れることに難しさを見出している。
  • 回答者の約3分の1の若者が、部分的/完全なリモートワークに切り替えた。
  • 雇用における影響に関するジェンダーギャップは、若い女性と男性の間の職業の違いやその他の社会経済的要因に大きく左右されている。
  • 若い女性は、家事労働の増加など、仕事とは直接的に関係のない労働の増加により、仕事の生産性が下がったと自らの状況を評価している。
  • 政府による労働政策について、その多くが雇用状態を保っている若者を対象にする傾向にある。

 

このような甚大な影響は、若者から雇用の見通しを長期的に奪う可能性もあります。報告書は、全世代の若者を守るためには、緊急の大規模かつ的を絞った雇用政策への対応が必要であると呼びかけています。

「教育及び訓練」の分野では、教育機関でのフォーマル教育だけではなく、インフォーマル教育も分析の対象となっています。アンケート結果から、報告書は以下の影響があったと述べています:

 

  • 回答者の約79%が、学校閉鎖等の措置によって、教育及び訓練の中断が生じたと回答した。
  • オンライン教育の導入より、「デジタル格差」が見られるようになった。
  • 学びを継続している若者も、65%の回答者がパンデミック前より学ぶ量が減少した。
  • スムーズなオンライン授業には、インターネットアクセスの欠如、リモートで学び教えるためのデジタルスキルがない、自宅にIT機器が完備されていない、リモート指導のための教材がない、グループワークと社会連関がない、という解決すべき問題がある。
  • キャリアの見通しを立てられないため、多くの若者が不確実性と不安を感じている。
  • しかし、このような危機の中でも、半数以上の若者は新しいスキルや知識を身につけるために自ら機会を作っている。

 

若者の進む道や人生は、教育によって大きく左右されます。教育の軌道修正を怠ったり、遅れてしまった場合、若者が学校から職場に移行する際に、移行そのものの遅れや失敗につながりかねません。報告書は、デジタルソリューションに焦点を当てることや、キャリア相談やカウンセリングを増やすことなどが重要な施策になると指摘しています。

「精神的ウェルビーイング」の分野では、回答者の約半数が不安や抑うつもしくは鬱の影響を受けている可能性があることが明らかになっています。将来に対する願望や希望は、ディーセント・ワークへの移行にあたって重要な役割を果たしていますが、約54%の若者が、パンデミックの影響で将来に不安を感じるようになっています。

「権利」の分野では、教育への権利、住居への権利、宗教や信教に対する自由などに焦点が当てられています。例えば、仕事を失った若者の約32%が住居に対する権利に影響があったと感じています。

 

以上にみてきたように、新型コロナウイルスによる影響は多岐に渡ります。しかし、回答者の約4人に1人がボランティア活動や寄付に従事したとの結果も明らかになりました。また、自宅での自粛期間中も、友人や家族とつながるための工夫が行われていることも明らかになりました。このように、若者はSNSやプラットフォームを通じて、地域社会、友人、家族らとデジタル上でのつながりを保っているのです。

 

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ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回vol.2は、第3章で座談会から得られたエピソードにも見られるコロナの影響を見ていきます。ぜひご覧ください!

*1:この報告書が基づいているILOアンケート調査は、18-34歳の若者計12,605人を対象としたものです。報告書は、18-29歳を若者と定義し、30-34歳の調査結果を比較対象として分析しています。回答者の若者は主に高等教育を受けた若年労働者です。計112カ国の若者からアンケート回答を得られてますが、インターネットで実施したアンケートであるため、低所得国の若者の声が十分に反映されていないことは留意されるべき点です。

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol. 3

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新型コロナウイルスの影響が及ぶ社会の中で、実際の若者はキャリアについて何を思い、何を感じているのか?

本企画では、この問いを中心に、ILOに関わる若者の中で、それぞれのキャリアの歩み、今後のキャリアの目標、そしてコロナの感染拡大が続いている今の状況について話しました。

Vol.1はこちらから

Vol.2はこちらから

vol.3では、昨年ILOインターンをした卒業生2名を招き、そこで集めたリアルな声の一部をご紹介します。

 

<聞き手>

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainf:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain現役インターン

<話し手>

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain金融機関勤務、新卒1年目。法学部を卒業後、労働政策、労働法、政策の定量分析を勉強したいと考え、公共政策大学院に進学。現在は金融機関に勤務し、幅広い視野を持って金融関連の業務ができることに魅力を感じている。オンラインでの新人研修真っ最中。

 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain弁護士。労働法が好きで、大学院で団体交渉義務違反を研究しながら、所属する弁護士事務所では弁護士として使用者側から新型コロナウイルス関連の相談やその他株式やM&Aなど金融関連の業務も担当。自らを発信していくことの大切さを感じ、最近ではSNSを通して積極的に発信中。

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座談会の様子

 

 
今のキャリアに至るまで

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今のキャリアに至るまで、どのような歩みがありましたか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain大学卒業後は、公共政策大学院に進学し、今は金融機関に勤務しています。学部時代は関西におり、法学部に在籍していました。学部当時から、法律が社会に与える影響を捉えるためには、経済的・計量的な分析ができる必要があると考えていました。当時は国際公務員に憧れを持っており、そのためには国際性と学位が必要であるということも知りました。そのため、キャリアの裾野を広げ、明確にするため、また、実務に役立つスキル(分析)を身につけるためにも、東京にある公共政策大学院に進学しました。東京ではやりたかったインターンにも応募でき、色々な機会を得ることができたと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain現在は、弁護士として働きながら、大学院にも在籍しています。私は、今まで感覚的にやりたいことを選んで突き進んできました。法律の勉強をし始めた一番最初のきっかけも、弁護士を準備している兄に負けたくないという競争心からです(笑)競争心と興味で入学した法学部ではあったものの、実際に授業で弁護士の先生方の話を聞いて、一緒に社会を変えていく、人を動かしていく力を魅力的に感じ、そこから弁護士をより一層目指すようになりました。学問的なところは職についた後から、仕事で感じた面白みを学術的な部分につなげました。

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今の仕事を選択した動機はどのようなものでしたか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain金融業界に進んだ理由としては、学問の動機の延長線上で、社会に与える影響を数字で読めるようになれると良いなと思いました。コンサルタントも候補にありましたが、長期的なキャリアが自分では思い描けませんでした。また、今の会社は自分の担当を持って主体性を発揮できるという点に魅力を感じました。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain今の事務所を選んだきっかけは何よりも人の繋がりです。それは会社に知人がいるという意味での繋がりではなく、事務所の先生方と会話を交わした時に感じた繋がりです。この感覚を大事にし、その中で一番自分を大切にしてくれそうなところを選びました。特に、今の事務所は、私が司法試験や予備試験に合格する前、自分を証明できるものがない時にでも、一人の人として自分の魅力を感じてもらい、パーソナリティを大切にしてくださったと感じました。今も会社ではすごくのびのびとさせてもらっています。

現在、コロナ禍の働き方は?

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainコロナ禍、今はどのような働き方でお仕事をされているのでしょうか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain現在は会社の寮で過ごしながらオンラインでの新人研修中です。まだ出社したことがないので、これから出社となった時に少し心配ですね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain私の会社は2月からリモートで、緊急事態宣言解除後は週2程度でオフィスに行っています。基本的にはラッシュの時間を避けて出勤をしており、10時に行って16-17時前には帰宅し、それ以外は自宅で仕事をしていますね。今回、仕事は家でもできるという気づきが大きかったです。家族と過ごす時間、趣味などを犠牲にしてまで職場で働くことに固執する必要はないかと。コロナ禍での働き方のメリット・デメリットを整理して今後はメリットを残していく働き方改革を行っていけば良いと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plainオンラインでの業務方法はとても気になる点ですよね。研修期間中など、ある程度形が決まっているものであれば構わないのですが、企業によっては機密事項がたくさんあり在宅できない環境にいる会社も多くあると思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainそうですね。今のアルバイト先でも資料持ち出し禁止事項があり、在宅に切り替わった当初は大変でした。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plainうすると、上の人は在宅で仕事ができ、下の人は出勤をせざるを得ない状況になってしまったり、ある意味不公平な状況が生じかねないですね。機密情報関連であれば、データ化してセキュリティを強化するなどの対策が取れるかもしれません。私も、紙媒体だと危ないので、モニターを二台買うなどして対処しました。会社から購入費用を支援してもらい環境を整えることができ、とてもありがたいと思っています。

 

これからのキャリアにおける障壁

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今後のキャリアで思い描いていることはありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain現在のキャリアの目標としては、今の会社で自分のできることをやりたいと思っています。国際公務員のキャリアにも興味があるのですが、日本にも社会から取り残されている人々がたくさんいるということ、まだまだ課題があり、これらの解決のために今のポジションでどう活動していけば良いのかを考えると、今すぐ国際機関のキャリアに挑戦することは考えていないです。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain本社がアメリカということもあり、日本について説明する時に、アメリカと比較しながら説明できるようになりたいと思っています。そのため、アメリカ留学をしたいのですが、新型コロナウイルスで留学が容易にできない現状に対して、少し心配な面はあります。でも留学もキャリアにおける一手段に過ぎないので、留学以外の方法も模索しながら自分を発信できる方法を試して、自分に相談すれば何とかなる、「頼ってもらえる存在」になれれば良いなと思っています。

 

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainこれからキャリアを深めていく上で障壁になると思われるものはありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain個人的な能力と経済的な面が問題になってくると考えています。金融機関に入るまで勉強したことのない分野があり、身につけることがたくさんあります。また、能力を伸ばそうとして教育を受けようと思った時に、経済的な障壁は必ずあると思っています。会社の留学補助制度は競争率も高く、業務に直接関係しない分野で学びたいことがあれば補助の対象外でしょうし、自費で行くしかないと思います。副業も、申請をして異議がなければ認められますが、大々的には行えないかなと思います。また本業が忙しく、やれる環境にあるかも定かではないです。 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plainキャリアの積み始めの段階では、キャリアの先を行く方々の知識量、経験値と比べるとどうしてもギャップがあり、悩むポイントだと思います。コミュニケーションスキルや学術的な面も案件に触れれば触れるほど伸びていく面があるので、ギャップがあることは自覚して、上から学べるものは学び、身につけられるように試行錯誤していくことが大切と思います。あと時間が足りないって言う悩みはありますね、気がついたら夜になっていることが(笑)

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今までのお二人のお話で共通するポイントは、能力やスキルアップといった「学び」が必要である点、また、どれほどその「学び」を主体性を持って積み重ねられるのかという点かと思います。ILOでは時間主権を持つと言う概念がありますが、そのような意味で自分の時間を自分が計画して使えるか否かも重要な点かと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain主体性という点では、自分から提案できるかどうかはかなり大きな問題だと思います。新卒3年目までを念頭におくと、与えられた一部の仕事をこなしてフィードバックをもらうという繰り返しでも成長はできると思いますが、自分で何かを成し遂げたとは言いづらいですね。「このような点が問題で、このような部分が必要だから提案をしました」と自らを発信できることは自分の主体性を維持できるので、大切だと思います。

 

日本の「仕事の世界」の見え方

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain個人的な悩みや障壁だけでなく、日本の制度的な面で障壁と考えている点はありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain日本の長時間労働はやはり課題だと感じています。仕事に労働者が拘束されすぎており、労働者のキャリアチェンジや学ぶ機会を得にくいという点は、労働者個人からしても社会全体にしてもマイナスと感じています。もちろんその中でもエネルギッシュに自己研鑽をし、キャリアチェンジを図る方々もおられますが、皆がみんなそのような力を持っていたり、そのような環境にあるわけではありません。

 もう一つはファーストキャリアの縛りの問題です。新卒カードを切ってしまった後はファーストキャリアの影響がとても大きいと思います。非正規でスタートしたらなかなか正規に変わることも難しく、業種を超えることもなかなか難しいです。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plainその通りだと思います。最近ではまだ緩やかになっているとは思いますが、最初選んだキャリアが縛りとなってその後のキャリアに影響してくるということは、未だに多くあるように思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain友人らがよく転職したいと言っていますが、まだできていない方が多いです。長時間業務、忙しさ、ファーストキャリアの影響が大きいのではないかと考えますね。

 f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain転職がベストというわけではないですが、その選択肢が気軽に選べないというのは課題かもしれないですね。いわゆる文系の就職だと学部卒ではやりたいことが見つからず、総合職で一般企業に入り、その後配属で自分の軸を得ていくことが多くあるかと思います。弁護士業界ではどうでしょうか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain日本の弁護士業界でも、縛りとまではいかなくても、やはり最初のキャリアに重きを置く傾向は強いと思います。それと比べて、アメリカの弁護士のキャリアを聞くと、転職を重ねて、学べることは学んだから次のところへ移っていくようなスタンスを持っている人は多いです。最初のスタートがゴールかのようにしがみついたり、潰しが効くからここと安易に決めてしまったりするのは、勿体無いかなと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainまた、職探しという点で都市と地域の情報格差は、障壁になりうるかと思いますが、どう思われますか? 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain私は、大学院進学の際に東京にきましたが、東京以外では現場にアクセスするための労力のギャップが大きくあると思います。東京では少しの労力で会える人々やインターンなども、関西にいた大学生時代は、そこへたどり着くまでかなりの労力が必要でした。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain確かに次のキャリアへの準備のために東京へ来られる方々が多くいますが、移動費や滞在費がすごく負担になりますよね。経済的余裕がないとできない部分が多いと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain興味があるセミナーに参加したいとなっても、東京にいる人は授業の間に行けたりするのですが、地方にいる人は新幹線に乗って移動しなければならないですね。その点、最近ではズームという方法が活用され始め、そういう意味ではアクセスの格差が少しは無くなったのではと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain採用されようとしてる側だけではなくて、採用しようとしている側も対策を講じて手を伸ばさなければならないですよね。

 

ILO施策へ一言

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain最後にILOのユース施策についての意見をお伺いしたいです。ILOのユース施策は途上国向けの施策が多いのではというイメージがありますが、その点も含めぜひ日本の若者からILOユース施策に対する意見をお聞きしたいです。 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plainILOが出している新型コロナのユース施策の提言を見ると、途上国、先進国関係なく当てはまるのかなと思います。特に、事業者の支援の内訳に職業訓練の支援とかシステムを補助するという点がありましたが、国が直接的な支援より、事業者と通してやるというのは大事かなと思いました。やはり必要な訓練をよりよく知っているのは企業なので、そのコストの一部を国が肩代わりするというのは大事だと思っています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plainILOの提言は抽象度が高い方なので、行動に落とし込むにはどうしたら良いのかを掴みづらい点があるのではと思っています。ベストプラクティスなど、より具体例を添えて発信できれば、よりわかりやすく、行動にも移しやすいのではと考えますね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plainILOサプライチェーンにおける企業の取り組み事例などはとてもわかりやすいです。抽象的な議論より、こんなことをやっているという具体例をまとめてくれると理解度が上がると思います。

 

仕事の意味と仕事における理想の状態 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain色々お話いただき、ありがとうございます。最後に、座談会の締め括りとして、皆さまにとって仕事とはどういうものか、今後キャリアを積んでいく中で仕事における理想的な状態とはどういうものか、ぜひお聞かせください。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184624p:plain仕事は、自身と社会をつなぐものと考えています。仕事をすることで、社会を捉えるための新たな視点を得ることができますし、仕事を通じてこれまで出会ったことのないような人に会うことができます。仕事を通じて自分の意見や行動が認められるということも、社会とつながりを持つ上で重要だと感じます。また、仕事における理想的な状態は、円滑なコミュニケーションと向上心のある職場、でしょうか。受動的なキャリアではなく主体的なキャリアを描いていくためには、自分のやりたいことをフランクに内外に発信できるような環境が必要ですし、そうした主体的なキャリアを描く上で良い影響を与えてくれる同僚の存在も重要だと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901184634p:plain私にとって仕事とは、自分をレベルアップさせてくれるもの。誰でもできる仕事を毎日こなすのではなく、自分にしかできない仕事に日々没頭する状態が、理想な状態です!

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainf:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainありがとうございました!

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol.2

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828120432p:plain

新型コロナウイルスの影響が及ぶ社会の中で、実際の若者はキャリアについて何を思い、何を感じているのか?

本企画では、この問いを中心に、ILOに関わる若者の中で、それぞれのキャリアの歩み、今後のキャリアの目標、そしてコロナの感染拡大が続いている今の状況について話しました。

Vol.1はこちらから

Vol.2では、昨年ILOインターンをした卒業生3名を招いた座談会でのリアルな声の一部をご紹介します。

 

<聞き手>

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainf:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain現役インターン

<話し手>

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain国際協力実務家。大学卒業後、民間会社で勤務。その後、協力隊員としてマダガスカルで2年過ごし、イギリスの大学院にて国際開発学の修士号を取得。帰国後、ILOインターンを経て、現在は有期雇用職員としてコートジボワールで勤務。第一次産業と民間企業の連携に関するプロジェクトを担当し、プロジェクトの軌道修正やモニタリングなどに従事。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain大学を卒業後、一旦就職し、その後イギリスの大学院にて修士号を取得。帰国後は、自分の専門分野である移民労働者支援などの事業を行っている会社や団体をメインに求職活動中。その傍ら、国際開発業務関連のアルバイトにも従事。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain大学院在学中。モロッコをフィールドに、格差、貧困、不平等、それらの再生産について、特に教育の場に重心を置きながら研究。

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座談会の様子

 今のキャリアに至るまで

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今までのキャリアの歩みを教えてください。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain学生時代、もともとそんなに裕福ではないこともあり、途上国の格差や不平等に取り組みたいと考えていました。当時は、卒業後すぐの大学院進学も考えたのですが、ゼミの先生から、「一度きちんと働いて、それでも熱が覚めなかったら、その方向に戻れ」とのアドバイスをいただき、発電機を扱う民間会社で働きました。

でも、仕事中に涙が止まらなくなったり、吐きそうになったりして、体力的に限界がきました。その時に、大学生時代の貧困問題に携わりたいと考えていたことを思い出し、現場での経験を通してその理由を確かめるために協力隊に応募しました。

協力隊では、農業関連の仕事に従事していました。この経験から、開発の現場では現地の人々に仕事を提供する民間企業の活性化が大事だと学び、その後大学院を経て、国際開発の現場で官民連携をサポートする仕事に就きました。いろいろ紆余曲折していますが、根本のところはずっと変わらずやってきています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain大学を卒業後、一度は働きましたが、その後イギリスの大学院で移民について勉強しました。日本にいる外国人の方々を支援したいと思い、帰国後は移民労働者支援に従事できるよう求職を続けています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain私は大学に入学してから現在に至るまで、インターンなどを経験させて頂きつつも学生を続けています。大学時代は社会階層論や教育・労働社会学に重心を置くゼミで勉強しました。その後モロッコへ留学し、義務教育段階の途中で学校を去った人々を対象とするノンフォーマル教育施設での調査をもとに修士論文を執筆、現在に至っています。

 

日本の「仕事の世界」の見え方

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain私は来年から働く予定ですが、就活の時「遅かったね」と言われました(笑)新卒一括採用が主流の日本では、新卒は22歳前後の方ばかりなので仕方ないですが。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain労働市場で弱い立場に置かれやすい若年層の雇用を確保するという意味で意義のある制度ですが、新卒採用の流れやタイミングから外れると就職の足がかりが掴みづらくなってしまう傾向もあるように思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain確かに、日本の新卒一括採用は、会社が求める人材を育成することができる制度ですよね。外資系企業などは、この制度を積極的に使っていないようですが、新卒一括採用の制度ではない採用も、なかなか難しい面があるのかなと。例えば、アメリカの学生は、インターンやアルバイトを経験しないと、行きたい会社に入れない可能性があるそうです。インターンは、無給あるいは低賃金が多く、学生の殆どは自腹を切ったり、親に支援してもらったりして、生活をしなければなりません。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plainそうすると、結局裕福な家庭の人のみが出世できるという仕組みになっていると感じます。しかも、最近では学位を持っていることが求められる場合が多くなっています。借金に頼らないで学位を取れている人たちが、結局出世できる仕組みになっているのでは?アルバイトやインターンの名目で職業トレーニングを受けている若者が多くなるので、結果として若者の失業率は減るかもしれませんが、格差が広がってしまうと感じます。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain日本の転職事情はどうでしょうか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain私は転職活動を行っている最中ですが、うまくいっていません。書類の段階で落とされることがほとんどです。仕事の経験はありますが、今後働きたい分野との関連性も相まって、大学院が「ブランク」として捉えられている側面も影響しているのかと思います。 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plainブ、ブランク・・・。就職活動に関して、私自身は未だ経験がありませんが、就職活動を行っていたILOの同期インターンの方からは、これからつきたい仕事とこれまでの勉強や研究、職務経験を一貫性のあるものにし、ストーリーとして組み立てることが大事だと聞きました。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plainキャリアストーリーを作り上げる上で、先見の目を持っておくことはポイントの一つだと思います。例えば、自分がしてきた経験の点と点を繋げる線として、資格を持っておいて、その線を証明できるようにする、とか。私が働いている領域では、工学系の修士号や、コンサルタント経験など、先を見据えて必要なスキルを蓄えてからくる人達がたくさんいます。その場の気持ちを大事にすることもいいですが、自分が目指すところには何が必要なのかを事前に調べることも大事だと思います。

また、新卒採用ではストーリーは大事ですが、転職では即戦力がより求められているので、能力と経験が求められます。もちろん、ストーリーは自分にとって大事ですが、転職だと、例えば募集要項に合わせた経歴の見せ方や用語の使い方が大事だと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plainなるほど。先輩に経歴の書き方も含めて就活のコツを聞いたり、OBOG訪問などで希望する職場について聞いたりといった人づてに情報を集める機会の重要性を改めて感じます。人づてに情報を集める機会については、COVID-19の感染が問題となった今年は特に困難な状況があったのではないでしょうか。情報収集において重要な人とのつながりや履歴書に記載できる留学などの経験の寡多、スーツや靴などの道具立てなどは、各自の置かれた環境によって異なる様々な資本の量にも影響を受けるのではないかと思います。

 

キャリアにおける障壁

 

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今後のキャリアの目標はありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain研究はまだまだ様々な課題を抱えていますが、今後も続けたいと思っています。その上で、専門を生かしながら教育や社会開発などの分野で実務に携わることが出来るようになることが目標です。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain今の仕事のあとは、JPOへのチャレンジを考えています。JPOが難しそうだったら日本で開発コンサルタントの道に進むかもしれません。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain今後キャリアを積み重ねていく上で、障壁となりそうなものはありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plainプライベートでは結婚を考えているのですが、パートナーは国外で生活したいと思っていないので、単身赴任になるのかなと。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain昨年結婚しましたが、求職活動をしていると、プライベートとキャリアの両立が現実的に考えられていないと感じます。やはり、出産前に育休などの制度が整備されている仕事につかないと、出産後改めて仕事に就くことは難しそうだなと感じます。

今はパートナーの収入で二人の生活ができていますが、このままだと自分がやりたいことを仕事にすることはできなさそうです。とりあえずお金のために働く、というところからスタートすることになってくる気がします。少なくとも3年間は絶対に安定して働けるところに就職しないと、子供は産めないと思いました。

 

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain以前アフリカの某国からきた留学生の友人に「日本は再チャレンジが難しい社会だと思う」と言われたことがあります。確かに私個人も、一度何らかの理由から制度の枠外に出ると、再びメインストリームに戻るのはなかなか難しいのかもしれないと感じ、就職をせず文系の大学院に進む選択に不安を感じたことがありました。若年層の雇用機会をある程度まで制度化して保障することと、制度から一度離れても再び接続できること、難しいかもしれませんがどちらもある社会の方が生きやすいのではないかと感じます。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain若者に限らない問題ですよね。別の分野で再チャレンジしたいと思う人に、もう一度教育に戻る機会も増やしていくべきだと思います。私も、一旦大学院に行きましたが、再就職の機会がなかなか見つけられていません。このまま行くと、労働市場のレールから外れた人間になってしまいそうです。

 

コロナ時代における仕事の未来

 

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainまだコロナの影響が続いていますが、皆さんはどのような影響を受けましたか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain仕事の契約では、2019年12月から2021年12月までコートジボワール駐在の予定だったのですが、コロナのため一時帰国中です。プロジェクトの現場にいけないことで様々な支障が出ていますね。また、給与にも影響が出ています。コートジボワール駐在中は現地手当が出るのですが、日本にいる間は当然ながら出ません。そのため、その分給料が相当下がってしまい、コロナ前の約三分の一になってしまいました。私は、奨学金という借金で教育を受けていたので、その借金を抱えている身としては、余波を受けていると感じますね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain今年の2月から業務委託で2ヶ月働く予定でしたが、期間が1ヶ月に短縮されてしまいました。また、転職活動中にコロナに突入したため、色々難しさを感じています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain夏に予定していた短期調査は出来なくなってしまいましたが、もともと個室での研究が生活の中心だったので、いまのところ生活上大きな影響は受けていません。ただし、自分が行おうとしていた研究をする上では現地調査が重要な位置を占めているため、向こう数年間の計画は大きく変更しなければいけないと考えています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainILOのモニタリングでも、教育と訓練の中断は影響が大きく、ロックダウン世代を生みかねないと指摘されていますね。

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ロックダウン世代と名付けられ括られてしまうことには危機感があります。「この世代は運が悪かった」というだけで十分な支援がないままどんどん上にコマ送りにするのではなく、将来的にそのような括りが不要になるよう具体的な支援が必要なのではないでしょうか。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain今仕事を失った人たちに一時的な支給だけではなく、コロナでキャリアの「レール」から外れた人たちの再就職など、長期的な政策が必要になってきますね。

 

仕事の意味と仕事における理想の状態

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain色々お話いただき、ありがとうございます。最後に、座談会の締め括りとして、皆さまにとって仕事とはどういうものか、今後キャリアを積んでいく中で仕事における理想的な状態とはどういうものか、ぜひお聞かせください。

 

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174523p:plain私にとって仕事とは、社会に貢献するために自らの価値を提供すること。社会が求めるものに対して、同じ志をもつ人たちと、停滞することなく、常に変化を求め、より良い結果を追求していける状態が、理想的な状態ですね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174530p:plain私にとって仕事とは、自分と社会の接点、社会に貢献できる場所、自己実現の場所です。この考え方で人生の他の部分を顧みない人になりたくはないですが、今現在は自己実現と仕事がほぼ同化しています。また、同じ目標に向かえる仲間と、わくわくしながら向上心を持って変化を恐れずに取組み、成果を出し続け、プライベートの家族や個人の時間も大切にできる状態が、理想的な状態です

f:id:ILO_Japan_Friends:20200901174536p:plain私にとって仕事とは、生活を営むために不可欠のもの。またより広く、個人や組織、社会にとって意味のある目標や目的を達成するためにする努力。専門性を培い、何らかの意味ある形でその知識や経験を社会に返せる状態が理想です。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainf:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainありがとうございました!

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次回は、2名のアラムナイをご紹介します。ぜひご覧ください! 



 

ILO COOP 100 インタビュー企画「耕す、コープを。」:第3回 全国農業協同組合中央会(JA全中) 高塚 明宏さん(2/2)

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前回は、高塚さんの現在のお仕事内容やJA全中での法制度整備について、また、緊急事態に対するJAの組織的な対応について伺いました。今回は、高塚さんがJA全中で働き始めた理由や、農業に対する思いに迫ります!

 

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農家が報われる仕組みづくりを目指し、JA全中

  • マイナビにて、JA全中にて働くきっかけを拝読しました。農業に自らが従事するという選択肢もあった中で、なぜJA全中を選ばれたのでしょうか。

理由は2つあります。

1つ目は、農業者を取り巻く仕組みを考えていきたいという思いです。そのため、法律とか制度に携わりたいと考えました。農林水産省も考えましたが、全中は少人数(200人弱)で幅広い業務に携われ、個人の裁量が大きいことが、決め手の1つになりました。

2つ目は、就職した後に農業に転職するハードルの高さです。農業者をしてからJA全中等の組織に転職するのは難しいですが、その逆は比較的ハードルが低いのではと。

JAグループを悪く言う声やもよく聞きましたが、本当にそのような組織だったらやめればいい、なくせばいいかなと思い入会しました。結果的に、今も継続して仕事を続けています(笑)。

  • JA全中に入られてからのギャップはありましたか?

入会前後のずれはあまり無かったです。少人数なので裁量が大きい、またざっくばらんな組織であるとは聞いていたのですが、その通りでした。逆に、若いうちから色々任されるので、なかなか大変なこともありました。例えば、都市農業の法制度に携わった際は、当時6~7年目くらいでしたが、かなり任されていましたので、一人で農水省国交省と交渉することもありました。自分がしっかりしないと方向性に影響を及ぼすため、現場の人とうまくつながりながら、組織的な発言をするよう常に心がけていました。

  • ご自身のやりたいことは実現・実行できていますか?

祖父母が汗水たらして農業に従事する姿を小さいころから見聞きしてきた中で、「真面目に取組む農業者が報われる農業でなければならない」という思いが原点にあります。農業者が報いられるというと、適切な対価を得るという点が重要ですが、最近の日本の農業政策の傾向としては、経済効率の重視の側面が強い政策が打たれてきました。そのため、大規模化・効率化が優先して進められてきました。それを否定するわけではないのですが、効率性だけで言うと諸外国のマーケットには勝てないので、日本で農産物を作ること、日本の農業の価値を国民に理解いただくことが大切と思っています。

今の日本は、都市部に概ね7割の人が住んでおり、特に昔と違って都市生まれ都市育ちの方が増えていますので、農業に関する原体験は大事だと思っています。その意味で、都市農業の農業産出額は全体の1割もいかないくらいですが、都市部で農業を見て、触れて、体験する機会をより増やすことで、日本の農業理解を進めることができるのではないかと思っています。

私は島根出身で幼少期から農業を身近に見てきましたが、今の日本は、都市部に概ね7割の人が住んでおり、特に昔と違って都市生まれ都市育ちの方が増えていますので、農業に関する原体験は大事だと思っています。担当したばかりの頃は、都市農業は必要なのかなと思ったのですが、色々な方の話を聞いていくうちに、大切さに気づき、今は思いを持って取り組んでいます。

  • 私は都市生まれ都市育ちですが、中学校3年の時に自然体験教室で北海道の農家に1週間ホームステイし、農作物に対する考え方がとても変わった記憶があります。体験のインパクトの大きさを身をもって経験しました。

その通りで、現場を経験すると、見え方が変わってきますよね。いくらインターネットで動画等を作ったところで、原体験がない人には中々響かないです。原体験があれば、関心を持って農作物を見てもらえるのではないかと思っています。最近、都市部では、何をどう作るかを農業者が教えてくれる、農業体験農園と言われる取り組みもやっています。「百見は一体験にしかず」と考えていますので、体験の機会を増やすことが農業の応援団を増やすことになり、結果的に農業者が報われる1つのベースになると思っています。

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都市農業が農業の応援団づくり”の要(かなめ)

  • 今までのご経験も踏まえ、都市農業にどのような可能性を感じていますか?

私は、都市農業が農業理解の最前線になりうると思っています。あまり知られていませんが、東京でも大根や小松菜、ウド、意外なところではパッションフルーツ等の農作物や牧場もあり、様々な農業を見ることが出来ます。高齢の農業者は、自分の農地に人が入ることを敬遠する方も多かったですが、今まで以上に、周囲の住民の理解が必要と思う農業者の方も増えているため、都市農業に触れる機会をもっと作っていけるのではないかと。農業の応援団を作っていく上ではこのような取り組みが重要な役割を果たしていると思います。

地域ごとに濃淡があるので、もっと広げていきたいです。その取り組みの一環として、順天堂大学の医学部と連携して調査を行い、体験農園で作業することが一定のストレス軽減、幸福度の増加に寄与することを明らかにしました。農業に興味がない人たちにも農業理解を広げていくために、従業員の健康経営という切り口も含めて発信しています。また、関心を持った方々がアクセスできる方法を増やしていくことも、今後取り組んでいきたいです。農業生産でいえば、田舎の土地で生産量を増やせばいいのかもしれませんが、都市部だからこそできる取り組みはたくさんあると思っています。 

  • 都市農業の教育的な意義を考えると、学校や養護施設との連携の可能性も感じました。

実際に、農福連携は最近増えています。私が住む練馬区でも、昨年ある農業者がアスパラの収穫と選別を養護施設等に行ってもらう取り組みをはじめました。

学校や養護施設は都市部に多くありますので、都市農業にはまだまだ農福連携を増やす可能性があります。農作業は、障がい者の心身状況の改善にも寄与する取り組みですので、その点も都市農業の価値であり可能性と感じます。

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これからのテーマは、脱内製化と外部連携

  • 今後、日本の農業や地域社会にJAグループがより貢献できるとしたら、どのような点だと思われますか?

農協の特徴は、地域の農業の未来を真面目に語れる組織であるという点だと思っています。素晴らしい農業生産法人も多くありますが、どうしても自分やそのグループの経営を中心に考える必要があります。一方、農協の構成員は地域の農業者でもあるので、地域農業をどうしていくのかを、自治体等とも連携し、全体最適を考えながら描いていくことができます。 

昔は農作物をすべて農協に出荷して市場に出すことが最も有利販売につながるため、そうすべきだとの考え方が強く、自分で売りたい農家の方と対立することもありました。高齢の農家(農協へ)vs若手の農家(自分で)という対立軸もよくみられたようです。

現在は積極的なコミュニケーションとすり合わせがすすみ、多様な関わり方が許容され、農協の事業方式も変わりつつあります。引き続きコミュニケーションをすすめ、多様な主体が連携することで、よりよい方向に地域農業が進んでいけるのではないかと思います。 

  • 上記を進める上で、J Aグループが変わるべき点はありますか?

以前は、JAグループ内で全てを解決しようとする傾向(内製化)が強かったかと思います。名の知れた大企業をはじめ様々な株式会社が農業参入する中、地域から逃れられない農協等の農業界は、経済合理性を優先した事業展開を行う株式会社等の取組み姿勢に疑念やアレルギーがあったのではないかと思います。しかし、技術進歩が激しい中、内製化のみの対応では難しくなり、外との連携も進んでいます。例えば、最近ではJAグループ全国連が連携して「アグベンチャーラボ」を立ち上げ、様々なスタートアップと連携し、その活動を後押しする取り組みもすすめています。

  • 若者世代にJAをより身近に感じてもらうためには、どのような変化や取り組みが必要だと思われますか。

生活に根付いている組織なので、なかなか存在に気付かないことはあると思います。あるいは身近な組織だからこそ不満が出ることもあります。

最近ですと、SNSの活用に加え、ECサイトを開設したり、クラウドファンディグを実施したりと様々な取組みがありますが、デジタル上の接点をどう意識的に作っていくかについては、農業体験や都市農業のリアルな体験を絡める必要があると思っています。その意味で、内製化した情報発信ですと、なかなか絡めていけません。

先ほども言及した、農作業によるストレス軽減に関する調査は、マイナビにも取り上げていただき、外の組織も巻き込んでうまく進めて行けたので、このような取り組みを通して、農協がやっていることを少しずつ理解していただければと思います。

とはいえ、JAグループの一員である全農のSNSが、鶏モモステーキやラッシーの作り方などの投稿が人気で、最近バズっています。食はすべての人の関心対象なので、そこに絡めた発信が大切だと思います。

  • 2030年までのビジョンはありますか?あれば、どのようなものか教えてください。

JAグループとして統一的なビジョンはなく、地域ごとのビジョンを描いていただいています。JAの理念はJA綱領として、大切にしています。

個人でいうと、近江商人は「三方よし」とよく言いますが、自分としても業務をしっかりやりたいので、個人、職場、農家及びJA、家庭という「四方よし」を掲げて取り組んでいきたいです。 

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  • 最後に、協同組合を一言で表すと?

良くも悪くも「人の組織」だと考えます。全中は、一部報道でJAグループのピラミッドの点にあると描かれましたが、実態は異なります。もしそうであれば、どんなに仕事が楽か(笑)。地形も天候も文化も多様な日本各地の関係者の理解を得て業務に取り組む必要がありますので、合意形成が複雑で時間がかかります。各農協も同様で、管内には様々な考えを持つ人がいますし、品目や地域ごとに利害も異なります。

この合意形成に必要な要素として、以下の3つがあると私は考えています。

①理:論理、ロジック
②情:思いやり、人間関係
③意:意志や想い、信念

株式会社は少数の大株主で合意形成ができますので、「理」が大きく影響しますが、農協を含む協同組合は一人一票ですので、合意形成を図るうえで「情」や「意」の部分の重みが強いと感じています。変えていくことはとても大変ですし、時間がかかりますが、時間をかけてしっかりやっていくことが大切だと思います。

また、変化が早すぎることはリスクを孕んでいますので、一定の人がきちんと合意して変わっていくという協同組合の特性は、社会の多様性の一翼を担い、持続性を高めている側面があると感じます。今回のコロナ禍でも、海外からの輸入に大きな影響がでて、日本での農業生産や食料の安全保障への関心が高まり、経済合理性に傾いていた農業政策にも変化の兆しが見られだしました。

また合意形成に時間がかかるからこそ、決まったことは地に足をつけてすすめていくことができるのではないでしょうか。

 

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  • お忙しい中、ありがとうございました! 

 

こちらのインタビュー(短縮版)はILO駐日事務所のウェブページ にも掲載されています。