ILO_Japan_Friends’s diary

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国際労働機関(ILO)駐日事務所・インターンによるブログです。

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ILO COOP 100 インタビュー企画「耕す、コープを。」:第3回 全国農業協同組合中央会(JA全中) 高塚 明宏さん(1/2)

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本企画の背景

2020年3月23日、ILO協同組合ユニットは創立100周年を迎えました。国や企業のサービスの届かない地域にも、必要なインフラやサービスを提供してきた歴史が協同組合にはあり、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と持続可能な開発目標(SDGs)の実現に貢献してきました。世界中が新型コロナウィルス感染拡大の危機に直面し、人々の連帯がこれまで以上に必要とされる今、協同組合に注目が集まっています。

この機会に、若者世代の協同組合のイメージ(「古い」「縁遠い」)をより身近なもの/魅力的なものとするべく、日本の協同組合の活動を振り返ります。これからの時代の仕事/生活/消費/生産において、また今回のパンデミックをはじめ危機的状況において、協同組合はどのような役割を果たし、より良い未来を創っていけるのか。各協同組合で活躍される方々へのインタビューを通じて、協同組合の強みや可能性を、若者代表のILO駐日事務所インターンと一緒に耕して(探って)みたいと思います。

第2回は、労働者協同組合(ワーカーズコープ)の玉木信博さんへインタビューしました。

labourstandard1919.hatenablog.com

第3回は全国農業協同組合中央会JA全中)で活躍されている高塚 明宏さんにお話を伺います。こちらのインタビュー(短縮版)はILO駐日事務所のウェブページ にも掲載されています。

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インタビュー実施日:2020年7月28日

聞き手      :ILOインターン 藤田真理

グラフィック   :中尾有里

記録       :ILOインターン 乗上美沙

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農業協同組合」=農業を中心に“ゆりかご”から“墓場”まで

  • 農協が関わっている分野や携わっている業務を教えてください。

JAは、相互扶助の精神のもとに農業者の営農と生活を守り高め、よりよい社会を築くことを目的に組織された協同組合です。この目的のために、JAは営農や生活に関する事業、例えば生産資材・生活資材の共同購入農畜産物の共同販売、貯金の受け入れ、農業生産資金や生活資金の貸し付け、農業生産や生活に必要な共同利用施設の設置、あるいは万一の場合に備える共済等の事業や活動を行っています。その他、出版業や旅行業、介護・医療事業、ガソリンスタンドやスーパー、直売所の運営等にも携わっています。

これらのサービスは正組合員(農家)の利用が前提ですが、正組合員の家族や准組合員(地域に住んでいる方々)も使える仕組みがあります。ただ、組合員の利用が前提なので、利用の割合は規制していたりします。

  • かなり幅広い業務分野なのですね…!それでも、農業振興が中心と考えて良いのでしょうか?

はい、農業が中心ですし、農協法でも農業振興に力を入れるべきと5年前に改正されました。

ただ、私が担当する都市部では、少し位置づけが異なりました。元々、都市部というのは、農業を振興するエリアではないという政策的位置づけがなされていました。高度経済成長期につくられた都市計画法では、下水道などのインフラをまとめて効率的な街づくりを行うための線引きを行うもので、この区画に入った農地については、概ね10年以内に宅地にしていくと規定されました。また、バブル期には、地価が上がる中、都市部にいる農家が土地を抱えていることを批判された歴史もありました。ただ、社会が変化・成熟する中で、農業や農地への評価が高まり、2015年の都市農業振興基本法では、まちづくりと農業振興の観点から、農地の保全と有効活用が謳われ、都市農地の貸借円滑化法や生産緑地法改正によって施策が具体化されました。仕組みが複雑なため、普及にも力を入れています。 

 

法律と現場をつなぐ橋渡し役”から人材育成へ

  • 以前担当されていた、都市農業振興基本法/生産緑地法改正/都市農地の貸借円滑化法の業務は、具体的にはどのような内容だったのでしょうか。 

関係省庁と農業者の方々の間に入って調整をする、中間管理職のような立場と言ったら分かりやすいかもしれません。条文を作るのは省庁ですが、法律の目的や目指すべき方向性のほか、現場で求められている仕組みなどについて、現場の声を届ける役割を担いました

特に、都市農業政策は、まちづくりの政策と関係があるため、国交省が関わります。ただ、農水省とは違って、農家の方に情報を聞くパイプがほとんどないため、実際に現場を見てもらったり、そこで農家の声を聞いてもらったりすることを集中的に実施しました。結果的に、現場の意見をしっかりと踏まえた法律を整理していただき、現場から喜ばれました。

  • 全国の農業従事者の方々の声を、出来るだけ不平等の無いように取り入れることは難しいことだと思います。どんなことを心がけながらお仕事をされていたのでしょうか?

県ごとに意見が違うこともあるので、全中としてどのような意見をいうかは、なかなか難しいところがありました。関係者の納得感の情勢には、意見の積み上げのプロセスの透明性はもちろんですが、一方で、担当者同士の信頼関係も重要です。お互い組織ですけれども、担当している人間同士がやっているわけですから、「こいつがそう言うのであれば、そういうものか」と納得してもらうですとか。お互いによくコミュニケーションをとって信頼関係を築きながらやらせてもらいました。

また、現場の意見をストレートに主張すればよい時もありますが、そうでない時もあります。時には、法制上の考え方を踏まえて意見を言うことの重要性について、各都道府県中央会やJA、農業者の方々に伝えることを意識していました。

  • 現在のお仕事である、JA営農指導員の人材育成はどのような業務なのでしょうか?

JAの営農指導員は、資格体系として試験制度を導入しているので、営農指導員に必要な基礎知識を整理して、法改正などに伴う教科書/テキストの改訂を執筆者に依頼をしたり、時世をふまえた各種研修会の企画・開催などを行っています。ただ、各都道府県で様々な地域がありますので、必ずしも全国共通という訳ではありません。例えば、営農指導員の試験についても39都道府県は同じテキストと試験を使っていますが、残りの県は自治体と組むなどして独自でやっています。

その他にも、各地にある素晴らしい取組事例を全国各地に共有したり、研修・指導の一環として、全国8ブロックの代表が営農振興の取組みを競う、いわば「M1グランプリ」の営農指導員版とも言える発表大会も企画・運営しています。また、営農指導をする上で農協がとるべき人材育成の考え方や人事ローテーションの考え方を整理して、各都道府県中央会に示したりしています。

東京オリンピックでは、適切に安全に生産されていることを証明する取組である「GAP(ギャップ)」[1]に認められた野菜しか使いませんという決まりがあります。輸出をしていく上でもGAPがあると国際的に安心・安全が担保されるため、GAP取得を進めていく取り組みも実施しており、そのため、全中から専門家を派遣して指導をしています。

業務範囲も広く、関係者が多いため、全国にどんな方がいて、どんな業務や分野に知見をお持ちなのかを知っておくことも、いい業務をしていく上で大事な要素ですね。 

 

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現場から”届くもの、”現場へ”届けるものを大切に

  • 現在、特に高塚さまが注力されているお仕事はどのようなことでしょうか。

現場の営農指導員の業務は、GAPやHACCP(ハサップ)[2]など新たな仕組みへの対応、補助金の申請業務の支援など、従来の業務に加え様々な業務に追われ、現場の営農指導員の負担が非常に増えていると考えています。現場の指導員もスーパーマンばかりではないため、多様な業務に追われる中で、本当に大事な取り組みに手がついていないのではないかという問題意識があります。この状況を改善していくために、全国の立場からどういった支援ができるのか、例えばICTを有効活用した業務の効率化なども含め、頭を捻っているのが現状です。

また、実は、都市農業振興の取り組みも併せて担当しています。生産緑地法の区切りが2022年に迫っていまして、「規制を受けた上で農業を続ける」のか、「農業をやめる」のかを選ぶタイミングになっています。そこに向けて一人でも多くの方に農業継続を選んでもらうためのJAグループの取組みのすすめ方を示していくというのも、もう1つ大事な業務としてやっています。関係する全自治体・JAにアンケートを配布中しており、このアンケート結果を踏まえて、今後の課題や取組みの方針をこの秋くらいに示していければと思っています。都市部の1万ヘクタールが農地として残るか否かが決まるので、高齢の農家の方も自分では出来なくても、都市農地の貸借円滑化法を使って周囲のやる気のある方に任せられるということを周知するなど、様々な法律を含む継続のための支援が揃っているので、それらを現場の方にパンフレットや農協職員向けのFAQ作成を通して情報提供をしています。

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  • 基盤(政策)をつくるところから、それを拡散・浸透させる活動すべて担っているのですね。 

そうですね。これまで全中は政策をつくる方に力を入れていて、現場に浸透させることは各県中や各J Aに任せる部分が多かったのですが、現場で使われないと意味がないので、最近は現場への拡散や浸透にも全中としてより力を入れています。また、農業関係の自治体の職員数の減少は顕著で、その中で様々な業務を自治体の方もやってらっしゃるので、現場の意見を取り入れて作り上げた政策も流れに任せていると現場に届かない場合もあるという点を意識して取り組んでいます。

  • 常に幅広い業務を担当されている印象ですが、仕事のやりがいは、どういう時/ことに感じられますか。

取り組んでいた都市農業の法律に、現場の意見が取り入れられ、使いやすい仕組みになったことは嬉しかったです。また、実際に現場で農業者が新たな法律を使っていることを知り、農地が残った、新たな農業経営ができたなどの喜びの声と聞くと、とても嬉しいです。

  • 現場の声がやりがいにつながっているのですね。現場との接点は現在の業務でもありますか?

こちらが主催する研究会に来ていただくこともありますし、業務によっては現場を訪問して話を聞くこともあります。自分でも意識的に現場にいくようにしていますし、機会は少なくはありません。全中の業務は、県中央会の意見を聞くことが基本ですが、どのような組織でも組織を通すと一定のバイアスがかかるので、県中央会とともにJAや農業者から直接意見を聞くことや、実際に現場に行き、自分の五感で感じることも重要だと考えています。

 

組織的で、現場に負担をかけない震災支援体制

J Aグループの緊急時対応の特徴としては、組織的に現場のニーズを整理し、県中央会や全中に情報集約しているところです。混乱時に無秩序に人・モノなどを送っても、むしろ現場の負担になることがあります。情報を整理・統合して物的な支援(飲料水や食べ物、毛布など)と人的な支援(ボランティア隊)のニーズを把握することで、適切に資源を配分することができます。例えば、直近ですと、令和2年7月の九州豪雨では、泥が入ってしまうなどしたハウスや農産物の集荷場等の復旧のため、人やスコップ等を送り込むなどの支援を行いました。

私自身が関わった例だと、台風19号の支援があります。房総半島ではハウスの8割近くが潰れるという大きな被害がありましたが、その際も、その地域のJAから話を聞き、ボランティアのグループやリーダー、取り組み内容などを整理して訪問をしました。また、現場に負担をかけない取り組みも心がけました。例えば、農家ごとに班をつくり訪問する際のバスや宿泊施設の手配は、グループの農協観光に支援をしてもらいました。

  • 組織的な対応が特徴ということですが、その中でJA全中の役割はどのようなものですか?

全中は情報の集約など、ある種「司令塔」の役割を担っています。ボランティアのグループ編成や宿泊施設や移動手段の手配を振ったり、各県中ごとに支援したいというニーズが上がってきた際は、その情報を元に他の県中と繋いだりしています。個別に各県中同士でやると被害県中は多くの県中とやり取りが必要で大変ですが、全中が間に入って整理することで、被害県中の負担を軽くして支援をできているのだと思います。東日本大震災の場合は、福島県中央会等と連携して、個別の県だけでは対応が難しい東電の補償交渉の窓口を行っており、この取組みは実は今でも続いています。

  • そのような組織的な対応体制は、どのようにつくられてきたのですか?

阪神淡路大震災東日本大震災を経てより効率的な体制をつくっていったのではないかと思います。また、元々、協同組合のため、助け合いの精神が根付いているというのはあるかと思います。令和2年7月豪雨でも、2016年の熊本地震で支援を受けた農業者が、今回被害の大きかった地域の農業者を支援することに積極的に取り組まれていると聞いています。

 

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コロナ禍、正確な情報伝達と労働力マッチング

  • 今回の新型コロナウイルス危機では、既存の幅広いネットワークを活かした支援や連携が評価されていますが、具体的にはどのような連携がなされているのでしょうか?

農産物の物流に関し、仮に農産物の集出荷場の職員や農業者の感染が確認された際は、農産物を出荷しないほうが良いのでは、という議論が現場から提起された事がありましたが、農水省とも連携し、食品からの感染は認められていないという情報を確認の上各県中央会・JAと共有して、過剰な対応を控えるように伝えるなどして、緊急事態でも農産物の安定的な供給を維持しました。

また、技能実習生が来日出来なくなったことによる労働力不足を解決するために、労働力マッチングを支援しました。例えば、群馬の嬬恋村の高原レタスの生産には、技能実習生の方々の力もかなり大きいのですが、近隣の旅館業や飲食業とのマッチングを支援しました。今回難しかったのは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、県をまたいだ支援ができなかった点です。今回は、技能実習生に頼っていてこの時期に人手が必要な地域は限られていたものの、東京から人を送るということが出来ない訳です。地域内でどのような支援ができるかという取り組みに注力しました。

  • 今後の取り組みとしては、どのようなことが重要になってきますか?

インバウンドや輸出への影響から、高級食材を中心に販売促進が課題になっています。クラウドファンディングや通販の送料支援などを行っている農協もありますが、これらを継続的にやっていくことが大事かなと。一方で、ウィズコロナ、アフターコロナの消費行動の変化に伴い、支援方法もどこまで合わせていけるのか、今まで以上に試行錯誤する必要が出てくると思っています。

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“動かない土地“と共にあるからこその、持続可能性への取り組み

  • SDGsなどの社会課題とされている事柄の中でも、最も気になっている/働きかけていきたい分野はありますか。

JAグループとしての取り組みの全国方針は今年の5月に整理しました。農協の取り組みはどれもSDGsのどれかしらには当てはまるため、SDGsに向けて新たな取り組みを行うというよりは、これまでJAグループがやってきたことをSDGsに合わせて再整理し、取り組むことが重要かなと。農協としては、持続可能な食料の生産と農業の振興に取り組むことが掲げられていますが、これをSDGsに置き換えると飢餓の問題や耕作放棄地を最小限にすること、土壌劣化等を防ぐ肥料の適正使用などが当てはまるかなと思います。農業の多面的な機能を生かしていく活動も、住み続けるまちづくりや気候変動対策などにつながっていきます。

JAは、地域に住んでいる農業者の組織ですので、その地域から逃げられないという特質があります。生産には土地が必要ですし、土地は動かないもの、まさに「不動産」ですので、地域のものを使い潰して、別の土地に移りましょうとは出来ない訳です。そのため、元々、持続可能性への関心も高く、既存の取り組みがそのままSDGsにつながっている要素が強い組織と理解しています。

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次回 は、JA全中で働き始めた理由や都市農業の可能性、JAグループのこれからについて聞いていきます!お楽しみに! 

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[1] GAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)とは、農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組のことです。(出典:農林水産省H P https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/g_summary/

[2] HACCPとは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法です。この手法は 国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会から発表され,各国にその採用を推奨している国際的に認められたものです。(出典:厚生労働省H P https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html

 

コロナ禍に聞く若者の働き方ー世界の労働問題を扱うILOインターン経験者の視点ーVol.1

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新型コロナウイルスは、これまでの私たちの生活を一変させ、世界中の人々に様々な影響を及ぼしました。ILOは、新型コロナウイルス労働市場に与えた影響を分析する「ILOモニタリング資料:新型コロナウイルスと仕事の世界」をこれまで5回にわたって発表しており、その中で、移民労働者、女性など、それぞれのグループが直面している課題を露わにしています。その中でも、「ILOモニタリング資料:新型コロナウイルスと仕事の世界 第4版」は、新型コロナウイルス若者に与えた三重のショックを指摘しています:

パンデミック発生後、働かなくなった若者は6人に1人を上回り、就労中である若者も労働時間が23%減少

②雇用に止まらず、教育や訓練も中断された

③雇用、教育、訓練の中断の結果、若者の就職活動や転職に大きな障害が発生。

モニタリング資料を受け、私たちILOインターンの中で、こんな問いが浮かんできました:新型コロナウイルスの影響が及ぶ社会の中で、実際の若者はキャリアについて何を思い、何を感じているのか?

パンデミックの影響は人によって様々です。ILOモニタリングのようなマクロの視点に基づいた分析やデータと同じように重要であるのは、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」と誓った持続可能な開発目標(SDGs)を体現する観点です。つまり、一人一人のリアルな声を拾っていくことが、この問いへの答えを提供し、パンデミックの影響の実態をよりよく知ることができるのです。

本企画では、この問いを中心に、若者のリアルな声をお届けします。

第1回では、現役インターンの3名による、それぞれのキャリアの歩み、今後のキャリアの目標、そしてコロナの感染拡大が続いている今の状況についての座談会内容の一部をご紹介します。

<話し手>

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain大学院在学中、専門は国際人権法。大学卒業後から、研究者を目指すために大学院にて研究を継続。日本生まれ・日本育ちの外国籍であることから、日本の外国人問題にも関心を寄せる。今年から留学予定。

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain大学院在学中、専門は人間の安全保障。韓国生まれだが、幼少期から日本で過ごす。宣教師である父の影響を受け、幼い頃から国際協力に関心を寄せる。来年からコンサルティング会社で就職予定。

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain大学卒業後、イギリスの大学院にて開発教育・グローバル学習の修士号を取得。その後、人材育成/エグゼクティブコーチングを扱う企業を経て、現在、ILOインターンとして労働問題を勉強中。今年からパートナーの駐在先である南米に合流予定。

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座談会の様子

 
これまでのキャリアの歩み

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain最初の質問は今のキャリアに至るまでの歩みですが、お二人に聞く前に私の話を少しだけ。これまで研究と同時に様々なインターンをしてきました。キャリアを構築する上では、国際人権法をずっと自分の中核においてきました。大学入学までは中国の学校にいたのですが、安全保障等国家間の難しい問題を肌で感じた一方で、人権という普遍的な価値を国際社会で共有しようとしていることに感銘を受けました。日本はもちろん、国際レベルの人権規範の最前線にも携わりたいと思い、研究者を目指すべく研究を続けています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain幼少期から保育園の先生や教師に憧れていましたが、中高時代を経て日本の教育に対して疑問を持つようになりました。日本の教育を変えるためには、国際的な視点が必要だと思ったことから、大学、大学院は国際X教育について学び、様々な活動に参加しました。「教育」を年齢や機関にとらわれない「学び」として捉えるようになったことから、帰国後は企業での人材育成に関われる企業に就職しました。ただ、職場での人間関係の問題が起こり、「学び」の環境整備にはソフト面だけでなく、ハード面(人事制度や労働基準法など)の理解が必要だと思ったことから、現在のILOインターンに応募するに至りました。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain私は大学・大学院で開発協力を学んできたのですが、自分のキャリアの「キーワード」がないと思い、ILOインターンで自分の軸を見つけようとしているところです。大学での研究の専門はPKOで、いつかPKOに関する職にありたいとは思うのですが、現地のためにより良い提案ができるようになりたいと思うようになったので、来年からは民間のコンサルティング会社に就職予定です。

日本の「仕事の世界」の見え方

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainこれまでキャリアを歩んでいく中で、困難だと思った点はありますか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainキャリアにおける軸を探している、と言いましたが、開発協力という分野の中で、自分が若干ブレていると感じることがあります。確かに、「これは私のキーワードだ」と言えるものがあることは一般的には望ましいと思われています。ただ、全員がそれをすぐに見つけれるわけではないという点は、自分のキャリアを考える上で大事だと感じますね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain自分のキャリアを表す「キーワード」または「軸」が決まっている・見つけていることが良しとされているのも、固定観念の一つであるように思います。例えば特定の分野の専門家でも、アウトリーチを通して様々な能力を伸ばす環境を得ている人はたくさんいます。世の中には様々な側面があるので、色々経験をすることは、遠回りに見えても自分につながっていくと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain私も、ジェネラリストになるか、スペシャリストになるか、という問いをよく考えていましたね。今こそ分野を絞っていますが、専門性に対するこだわりがあったように思います。一つの分野に絞ることが、自分の能力を最大限に発揮できると信じていたので、今の分野に辿り着くまでは大変でした。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain今の仕事の世界では、ジェネラリストが重宝されていますよね。でも、そもそも人間の能力と知識は断続的であることが多いですし、ジェネラリスト/スペシャリストという二項対立の考え方自体も、分業化が進んでいる現代だからこそある考え方だと思います。昔の人たちは、スペシャリストであっても、もっと色々なことをやっていますよね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainこういった固定観念は、私たちのキャリア観に大きな影響を与えていますよね。今年就活をした時には、新卒一括採用の制度が与える影響を強く感じました。就活生は、常に「今年受からなかったらどうしよう」という思いを持っていました。それって、結局「空白」が生じることへの恐怖感から来てるのだと思います。日本では、人生のステージが決まっているような印象を受けました。どの段階だと、だいたいどの層に属していかなければいけない、というように、直線的なキャリアが前提になっている気がしますよね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain直線的なキャリアが前提だと、例えばキャリアアップとして教育機関に戻るといった選択肢が難しくなってきますよね。私がイギリスの大学院にいた際、クラスメートは全員社会人で、キャリアップの為に大学院に来ていました。労働者は学んだことを次の職場で活かせることができますし、仕事の現場で色々な経験をした人たちと議論すると、大学院の授業の内容もとても深くなります。さらに、その経験は間接的であれ直接的であれ、企業活動にも還元されていくと思います。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainそのような効果を期待するには、教育機関労働市場の接続をもっと有効にしていく必要があると思います。分野にもよると思いますが、今の日本の大学で学ぶ内容がどれほど実地と関連性があるのか、私は疑問に思います。例えば、新卒枠で就職活動をする際、教育で学んだことが評価されることはほとんど無いように思います。これは、私が研究者を志すきっかけの一つでもあるのですが(笑)もちろん、関連性が無いからこそ、キャリアチェンジという意味では適切なのかもしれませんが。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain同じ会社・組織の中にいたいけど、でもスキルアップもしたい、という方々には、その手段として教育機関に戻ることを選択するのは現在はハードルが高いかもしれません。スキルの習得には、同じ分野で「縦に」スキルを積み上げていくことと、様々な分野に及ぶ「横に」スキルを学んでいくという2種類がありますが、どのようなスキルや経験がプラスになるのか、を企業が改めて考えることで、スキル習得の選択肢全体が広がっていくことが望ましいと思います。

今後のキャリアプラン

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今後のキャリアについても教えてください。私は、冒頭で日本の研究者を目指していると言いましたが、実は少しだけ予定が変更になり、パートナーとの生活と折り合いをつけるために、海外で研究者を目指すことになりました。留学もそのためです。日本の問題の最前線にはいられないかもしれませんが、世界の様々な人権問題を見聞きし、そこに取り組んでいける研究者を引き続き目指します。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain私は成人教育やライフロングラーニングを軸に手に職をつけたいと思っています。今後、パートナーの仕事の都合で海外で生活することも想定されることから、どこに行っても働けるようになりたいですね。それが、どのような職業なのかはまだわからないのですが、コーチングは資格を取りたいと思っていますし、現地のNGOや国際機関などでも経験を積めたらいいなと思っています。

 f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain短期的には、入社予定の会社でしっかり勉強し、願わくばこれまで研究してきたことと親和性のある仕事に従事できたらと思っています。長期的には、例えば10年後に国際機関で実務家になりたいなと。また、来年以降も大学院に所属したままなので、博士論文を書き上げることを人生の目標に設定しています。

キャリアにおける障壁

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain皆さんそれぞれのプランがありますが、実現にあたって障壁となっているものはありますか?私の場合は、パートナーなどとの家族生活とキャリアの両立の問題はいずれ生じてくるのかなと思います。女性の研究者の中では、例えば博論を書いている間に妊娠・出産のライフイベントがあり、とても苦労された話も聞くことはあります。ILO報告書ジェンダー平等に向けて大跳躍:より良い仕事の未来をすべての人に」では、ジェンダーに根付くキャリアの中断、労働時間の短縮は「母親であることに対する賃金ペナルティ」の格差をもたらすと指摘していますが、まさにその問題が現実として生じ得ると感じています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain私もキャリアプランとライフプランの両立は絶賛悩み中です。今後、出産・育児などのライフイベントを考えると、一箇所で3~5年働いてからの方がいいのかなと考えたりもしています。また、日本の職場は、新人へのパワハラ・セクハラへの認識が不十分であるところが多いと、周りの友人の話を聞いていても感じます。より問題なのは、パワハラ・セクハラへの耐久性が、多くの場合、精神力など個人の能力に結びつけて考えられている点にあると思います。ILOでは第190号・暴力とハラスメント条約が昨年採択され、日本では今年6月からパワハラ防止法が施行されたので、ハラスメントへの対応がより改善していくことを願っています。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain私は実家が福岡なのですが、両親が気になります。できれば両親の近くにいたいのですが、仕事や機会は東京に集中してしまっているので、福岡に帰る決断はまだできそうにないです。元々田舎が大好きで、東京にずっと住むことは自分の性格に合っていないのですが、やりたいことが東京にあるため、仕方がないです。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainコロナによってリモートワークが推進され、最近は政府がワーケーションを推進するようになったので、ワーケーションの導入に伴い、リモートワークの環境の整備が進んでいくことで、それが結果的に東京一極集中の解消につながっていけばいいのですが。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain今の状況でリモートワークの導入が進んでいますが、それでも原則は出社で、今が例外の状態と捉えられている気がします。また、仕事内容によっては毎日出社しなければいけない人もいます。さらに、例えば本社が東京とかだと、仕事や機会が九州までに分散することはないのかなと。分散しても、やはり関東に近いエリア内になると思います。

コロナ時代における仕事の未来

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f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plainコロナの話がありました。皆さんはどの影響を受けていますか?私は留学予定でしたが、渡航の目処が立たず、オンラインでのスタートとなります。留学先で仕事を見つけることが目標で、そのために現地の労働市場の観察も兼ねての留学だったのですが、最後までオンラインだと、そのあとの職探しに大きな影響が出そうで、とても不安です。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain私も南米にいるパートナーとの合流がいつになるかわからず、宙ぶらりんの状態です。もしも海外にいるパートナーが緊急帰国したら、日本で職探しをするのか…見通しが立ちません。現地でインターンをしたいのですが、先行き不透明で、なかなかアクションに移せません。また、駐在員のパートナーも、いつ帰国指示が出るかわからない中、どこまで現地の仕事を展開していったらいいかわからず、大変そうです。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plain私も見通しが立たない中、アクションへの躊躇が増えた気がします。また、私の場合はアルバイトができなくなったので、家賃の収入源が丸々なくなっている状態が続いていました。大学からの援助も、他の奨学金を受けていることで受給資格がないとされてしまい、元々はアルバイトで家賃、奨学金で生活費を賄っていたのですが、とにかく家賃分が大変でした。また、ILOインターンを最初から最後までリモートでやることになっているのですが、当初は顔も知らない職員さんとお仕事をするにあたって、とても気を使ったりしました。さらに、新しい人々との繋がりなど本来インターンから得られる機会が全く享受できていないことは、仕方がないですが残念に感じます。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain私も最初はリモートワーク自体が初めてだったので、色々戸惑いはありました。もはやリモートの方が長いので、結果的に慣れてきましたが(笑)また、当初は仕事があまりなくて、時間を持て余していましたが、今は仕事量も増えてあまり気にしなくなりました。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plain一方で、働きすぎてしまうことはやはりありますよね。プライベート時間との切り分けが難しいと感じます。ですが、リモートワークのいいポイントとしては、私は逆に密にオンラインコミュニケーションをとるようになったので、上司とより親しく慣れたと思います。会えなくなるからこそ、ちゃんと機会を設けることがより重要になっていると感じます。

 ILOインターンからみた若者の働き方

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122644p:plain今日の議論の中で仕事の世界に関する様々な論点が出てきましたね。

・キャリアの軸

スペシャリスト/ジェネラリストという二項対立

・所属していないこと/「空白」への恐怖感、新卒一括採用、直線的なキャリアの前提

生涯学習、大学での学びの価値、労働市場教育機関の接続

・プライベートとキャリアの両立

・暴力とハラスメント

・東京一極集中、リモートワーク

・コロナの影響とこれから

お二人は話してていかがでしたか?

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122654p:plainコロナによって起きた問題も多いですが、やはり元からある課題が多いように思いますね。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200828122647p:plainこの企画では、次回から2回にわたってILOインターンの卒業生をお呼びし、これらの点について話していきますので、先輩方からどのようなお話が聞けるのか、とても楽しみです。

==============================================================次回は、若手キャリア座談会の拡張版として、ILOインターン卒業生を交えた「リアルな声」をご紹介します。ぜひご覧ください!

 

【報告書紹介 vol.2】現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚(2/2)

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前回の記事では、報告書に沿って、現代奴隷制の定義や、世界の状況、強制労働に焦点を当ててご紹介しました。

今回は、ILO駐日事務所の取り組みと、現状に対処するためのツールをご紹介します。

 

 

--ILO駐日事務所の取り組み①---

「公正な人材募集・斡旋に関する一般原則及び実務指針ならびに募集・斡旋手数料及び関連費用の定義」の日本語版発表

公正な人材募集と斡旋を促進するため、移民労働者を含め、すべての労働者を対象とし、人材派遣会社を通じた募集・斡旋にも適用される一般原則と実務指針がまとめられています。前回もご紹介したように、強制労働の被害者の多くは移民というデータがあり、代表的な搾取方法は、

・斡旋手数料の徴収

・給与や労働条件/職務の性質に関する虚偽の約束

・標準以下の労働条件での労働

・国内の基準や同僚を下回る賃金

などが挙げられます。このような事態を防ぐためにも、送り出し国と受入国募集・採用制度を改革する必要があり、そんな時、このツールが役に立ちます!

 

以下が、資料内に記載されている”公正な人材募集・斡旋に関する一般原則”13項目です。この原則を元に、政府や事業者及び公共職業安定所に求められる責任が具体的に記載されています。より詳しくこの資料について知りたい方はこちらをご覧ください。

 

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出典:ILO公正な人材募集・斡旋に関する一般原則及び実務指針ならびに募集・斡旋手数料及び関連費用の定義」、2019年

 

 

--ILO駐日事務所の取り組み---

社会保険労務士制度の世界的普及を目指し、全国社会保険労務士会連合会との覚書締結

ILOと全国社会保険労務士会連合会は2020年3月23日に社会保険労務士制度の導入に向けた技術協力などを内容とする覚書を締結しました。連合会とILO本部(スイス・ジュネーブ)とをテレビ電話システムでつないだ締結式の様子はこちら 

 

この覚書において予定されている活動には、

他国(特に新興国及び開発途上国)における社会保険労務士制度の導入に向けた技術協力の実施

労働・社会保障関連法令等の遵守向上を通じて企業の発展と労働者の福祉に寄与する社会保険労務士の役割に関する意見交換、調査研究等

が含まれています。インドネシアに続き、マレーシアやベトナムにおける社会保険労務士制度導入における協力活動の可能性も示されました。世界的に移民労働者が厳しい環境に置かれやすい傾向の中、ディーセント・ワークと持続可能な開発目標の実現に大きく寄与することが期待されます!

 

全国社会保険労務士会連合会”についてもっと知りたい方はこちらをご覧ください。

 

 

--ILO駐日事務所の取り組み---

ILOバックグラウンドペーパー「ビジネスと人権行動計画(NAP)策定に向けた関連文書の分析~主要テーマごとの参照事項の集約」の作成

グローバルサプライチェーンの拡大に伴って、注目されているテーマ「ビジネスと人権」。現在、日本でも政府が中心となり、「ビジネスと人権に関する行動計画(National Action Plan : NAP)」の策定に取り組んでいます。ILO駐日事務所は、NAP策定プロセスにおいて複数のステークホルダーから重要性が指摘された特定のテーマごとに、国際社会からの視点をまとめた日本語資料を出版。NAPを議論する際に参考となる国内的/国際的な6つの関連文書

 

 

を5つの分野(ディーセント・ワーク、情報開示、外国人労働者、人権デュー・ディリジェンス&サプライチェーン、公共調達)ごとにまとめ、各テーマで参照すべき事項を整理しています。

 

これと国内の議論を合わせて俯瞰することで、日本NAPのあるべき姿を追求する努力に貢献することがこの資料作成の大きな目的です。

f:id:ILO_Japan_Friends:20200715125232p:plain出典:ILO駐日事務所「ビジネスと人権行動計画(NAP)策定に向けた関連文書の分析」、2020年

 

--ILO駐日事務所の取り組み④---

多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)第5版(2017年)-解説掲載

グローバルサプライチェーンつながりで、もう一つ、ILO多国籍企業宣言をご紹介します。この宣言は、社会政策と包摂的で責任ある持続可能なビジネス慣行に関して、企業(多国籍企業及び国内企業)に直接の指針を示したILOの唯一の文書です。多国籍及び国内企業、本国と受入国の政府、労使団体に対して、一般方針、雇用、訓練、労働条件・生活条件、労使関係の5つの分野に関する指針を示しています。

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本日ご紹介した資料は、日本を含む世界中の国々において、国境を超えて働く人々の労働問題に対処できるツールになりますので、ご興味がある方は、ぜひ資料そのもののを読んでみてください。

 

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以上、報告書「現代奴隷制の世界推計 強制労働と強制結婚」(2017)の要点と、ILO駐日事務所の取り組み&役立つツールについて2回にわたりご紹介しました。また、現代奴隷制に対し、ILOが提示している全般的な解決策にご関心のある方は、是非、報告書をご覧ください。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!次回の報告書紹介も是非、お楽しみに!

ILO COOP 100 インタビュー企画「耕す、コープを。」:第2回 労働者協同組合 玉木信博さん(2/2)

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前回は、玉木さんの現在のお仕事内容や労働者協同組合の日本初の法律でどのような変化があるのか、また、コロナ禍の今思っていることなどを伺いました。今回は、玉木さんがワーカーズコープで働き始めたきっかけや、2030年のビジョンに迫ります!

 

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ワーカーズとの出会い=社会に対する印象を共有できる人との出会い

  • ここからは玉木さんご自身のキャリアをお聞きしたいと思います。なぜ、ワーカーズコープで働こうと思われたのですか?

 

学生のときは農業をやりたくてしょうがなくて、有機農業をやっているような人たちのところを転々と回ったり、大学の時も農作業ばっかりやってたんです。大学を卒業して、河川の調査をしている環境保護団体で働いたり、子どもたちや養護学校の生徒に農業体験をしてもらう世田谷区の事業に関わったりしました。農業をしようと思って移住先を探している中で、東京で生まれ東京で育ったのに、「東京が嫌だから自然の中で生きていきたい」っていうのもどうなのかなと思ったこともあって、しばらく東京で地域に役立てるような仕事を探すことにしました。その時に、ちょうど地域のコミュニティセンターをワーカーズが委託を受けて運営しますという新聞求人が出ていて、話を聞きにいきました。

 

  • ワーカーズコープに入られる前から、協同組合についてはご存知でしたか?

 

私が子どもの頃から母が生活クラブ生協の組合員だったんです。共同購入といって、例えば豚肉の部位を皆で分けるっていうことをやっていました。そういうことを身近で母がやっていたので、協同組合は知っていたんですが、働く人の協同組合(ワーカーズコープ)は知りませんでしたね。説明会に行った後に、母に聞いたら、ワーカーズコレクティブと言って、生活クラブがワーカーズコープと同じような取組みをしていること教えてもらいました。今、法律の運動もワーカーズコレクティブとやっています。ただ、当時は働く前にお金を出資をするって考えられなかったですよね…だってお金がないから働くのに、なんでって(笑)でも、ワーカーズコープの説明会では、組織の歴史から現状から丁寧に説明は受けました。しかも、3回ぐらい面接受けて…びっくりしましたね。最後に「うちはこういう組織だけれども、いいですか?」って逆に問われたのも印象的でしたね。

 

  • 「ワーカーズコープにしよう!」と思った決め手は何でしたか?

 

面接してくださった人たちがみんな魅力的な人たちで、世間話とかも含めて面白かったんですよ。もちろん、組織のミッションとかも大事なんですけど、日常的に考えていることを共有してくれる仲間がいるってすごく大事だと思っていて。面接を受けたときに、キューバ有機農業に関心がある方がいて、「こんな風に都市が有機農業に変わっていったらいいね」っていう話もしたり。コミュニティセンターの仕事とは全然関係ないけれども。

 

  • 社会に対して思っていることに共感できる部分があったのだと思うのですが、ワーカーズコープに入った後はどうでしたか?

 

入った後もこの共感の部分は続いていますね。大変なこととか、個人的に苦しいこと、なかなか上手くいかないこととか、いっぱいありますけど、結局そういうところ(社会に対しての思い)でつながっていますね。ワーカーズコープは1つの業種じゃないので、事業も働く人たちの経歴も本当に多種多様なんです。有名な大学を出てキャリアを積んでいる人もいるし、高校に行かなかった人もいるしずっと不登校で30代ぐらいでやっと働けるようになったという方も。本当に色んな人がいるので、それが1番の魅力なんだと思います。

 

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ワーカーズは、衝突も含めて人と向き合う力を鍛えてくれる「民主主義の学校」

  • 国内や足元にも多様性があることは、見落とされがちですよね。多様性があるからこそ、何かを決めたり実行するのが難しい部分もあるのではないですか?

 

これは、個人的な感覚なんですけど、僕はそういうこと自体が面白さだと思っています。言っていることが通じない人たちも、もちろん時々います。ですけど、自分が全然出来ないことや考えもしないことを他の人は出来たりするじゃないですか。それはとっても大事かなと。それでも私が所長をしていて、どうしても折り合いがつかず離れていってしまう人たちもいましたし、最終的に分かり合えないっていうこともあります。でも、そういう対話をトレーニングしていかないといけないかなとは思ってるんですよね。僕らの世代とか、衝突したりするの嫌じゃないですか。嫌なんだけれど、衝突も含めて向き合う力をもう少しつけていかないと社会的な包摂って程遠いような気がするんですよね。

SNSとの付き合い方も考えなければいけないし、直接的な関わり合いの中で対話したり、ぶつかったり、議論したり、ということは日常の中でのすごいトレーニングが必要だと思っているんですよ。今僕が住んでいる中川村の前村長さんにワーカーズコープを知ってもらいたいと思い、ワーカーズコープの研究所にも関わってもらっているんですが、「ワーカーズコープは民主主義の学校かもしれない」と言ってくれたことがとても嬉しくて。いまの日本社会では民主主義ということに対して、選挙の時以外は、生活の中で直接触れることは多くはないんじゃないかなと。ワーカーズコープは、そんな日常の中で、自分自身の民主主義のトレーニングが出来るところだという印象を、僕自身も持っています。

 

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  • ワーカーズコープで民主主義のトレーニングをやってこられて、いかがですか?

 

いやぁ、疲れますよね(笑)みんなとよく言っているんですが、終わりがないんですよね。「こうしたら成功だ」というものがワーカーズの中ではなくって。離れてしまった人がまた戻ってきて「やっぱり一緒に働きたい」っていうこともあるし。労働者協同組合法成立は大きな目標なんですが、むしろ法律が始まってから「自分たちの今までやってきたことってなんだろうか」って考えたり、その中で見えてきたものを伝える仕事だったりが、また始まるんですよね。常に終わりのようで始まりのようで、別れがあって出会いがあってって感じなんですよ。だから、そのプロセス自体を楽しむというか、価値あるものとしてしっかり捉えないと。今やっていることとか、向き合っていること自体に価値があるって思った方がいいのかなと思います。そのような意味では、一次産業はぴったりなのかもしれないですよね。終わりがないですからね。林業で関わっている若い仲間と話しても、自分が切った木は80年前に植えられていたり、自分が植えた木がもしかしたら300年後に切られるかもしれないっていう感じなんですよね。そういう長期的なスパンでなかなか色々な事を見られない社会にあって、林業のようにしていった方が人も生きやすいのかもしれないなと思います。

 

2030年・・・地域の中でFEC(Food, Energy, Care)の自給圏づくりへ

  • 玉木さんが描く2030年のビジョンはどのようなものですか?

 

ワーカーズコープ連合会としては気候危機に対応するために、まさに今、コロナ後の社会の中長期的なプランを作っています。グリーン・エコノミー といわれる分野にワーカーズコープ自体が大きく前進していくことになるだろうなと。そうでなければ、社会の必要に応えられないんじゃないかと。グリーンニューディールといっても、大きくグローバルな形で進めていくというよりは、地域の中でFEC(Food、Energy、Care)の自給圏づくりを進めていくイメージです。これまでも、ずっとこの10年ぐらいそれは目指してきたんですけれど、コロナ以降はかなり重点を置くことになっていくだろうなと。そのための組織整備も重要になってくると思います。

 

  • 具体的に「こういう組織づくりができたらいいな」はありますか?

 

今までは、全国の本部が東京にあって、事業所ごとに経営の基準を設けて、事業所と本部で役割を決めて運営してきました。これからは、もっともっと事業所に判断を委ねていくということがこれから必要になってくるだろうなと思っています。今までは、大きな事業への投資だとか、資金繰りのこと、人のこと、労務の関係などは本部が結構やってきました。これからは事業所ベースで全国をネットワークでつないでいくような、ダイナミックな組織づくりができたらいいなと思います。

 

  • 玉木さんご自身のビジョンはありますか?

 

僕自身は、仲間と中川村で1つ法人をつくりました。ソーシャルファームというだれもが働ける場をつくりたくって10名程の仲間で立ち上げたんです。もともと薬用養命酒が中川村で生まれたっていうのもあって、今、地域の薬草の研究会をしています。昨年からは、薬草、薬木などを近隣の会社とか農家とか、信州大学の研究者とかと一緒に栽培研究を始めています。それを、地域の障害のある人たちが生産/加工/販売したりする仕事にならないかなって考えています。要は、地域にあるもので、社会に役立つものをどんどんつくっていって、持続可能な産業にしていくっていうのが一般社団法人ソーシャルファームなかがわの一つの大きな目標ですかね。

地域にあるものっていうと、空き家もそうなんですけどね。全国どの地域も空き家は15パーセント近くあって、高齢化と過疎化の中で、空き家の管理をしていく仕事も重要になるかなと思っています。空き家を貸すという決心がつくまで数年ぐらいかかると思ってて、その間に床が抜けて天井が落ちて倒壊するんですよね。家主の決心がつくまで、状態のいい空き家で残していくというのはこれから重要になると思います。若い世代も含めて、移住者でも状態のいい空き家を探している人が沢山います。なので、そういう地域の資源を地域の高齢者や障がい者が仕事として担っていく仕組みと関係性を3年ぐらいかけてつくっていきたいですね。

 

  • 地域の資源と地域の人々をつなげて、より持続可能な循環を地域の中でつくっていくということですよね?

 

そうですね。そもそも、僕自身は、ワーカーズコープというあり方が農山層にぴったりあうんじゃないかと思っているんです。自分たちでお金を出し合って、山や道の管理を今でもやっているので、みんなでお金を出し合って自分たちの地域の仕事を起こすことに違和感がないんです。都会だったら、色々なところに住んでいる人たちがこの指止まれで人が集まるけれど、村であれば、ここの地域にはこういう野菜や薬草があるんだけど、みんなでこれを残していかないかっていう話になれば、関心の度合いというよりは住んでいる地域自体での協同組合活動っていうのが可能かと思うんです。

 

何もかも個人でやらなくて良い・・・色々な共同体に関わる中の一選択肢としての協同組合

  • 若い人たちに協同組合を広げるにはどうしたらいいでしょうか?

 

わたしの年代も含めて若い人たちは色々な活動も個人ベースで進んでいて、それがすごくもったいないと思う。人と何かをやるってことが辛いとか面倒臭いっていうことはあると思うんですよ。でも、本当は、何もかも個人でやらなくていいんですよね。家直して貰うんだったら例えば友達の大工とかにやってもらうし。協同組合を1つつくって、家そのもの自体を共有する、借りたいという人がいたら斡旋するという形でもいいと思いますし。もっと協同組合的に、1人が1つのワーカーズで働くっていうことだけではなく、自分の仕事も持ちながらもワーカーズコープを作ったりとか、地元で生協を作ったりとか、そういう風に色んなチャンネルを自分で持ちながら暮らしていくっていうことは1つの選択肢としてあるのかなと。

田舎に引っ越してきて思ったことなんですけど、特に今の80代ぐらいの人たちって、仕事を複数掛け持ちしていた方が多い。転職もすごいし。1つの仕事が、色んな社会の流れの中でブームが終わったりすると、別の仕事に就いたりすることも一般的に行われてきています。僕は東京で生まれ、東京育ちなので分からないけれど、もっと1人が色んな仕事とか役割とか、転職をすることはもう少し抵抗なくあってもいいのかなと思います。1つの会社に勤められたからこそ安定してきた人もいるし、それしか出来ない人もいるので、コロナ後の社会では、社会の根底で支えられるような社会保障の変化は必要だと思うけれど、もうちょっと生き方は自由であっても良いっていう社会の風潮になったらいいですよね。

 

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  • 最後に、協同組合を一言で表すと?

 

この機会に初めて考えましたが、「人間らしい組織」って言うことだと思います。株式会社にも良い企業もたくさんあると思いますが、やはり仕組みとしては資本が中心にあると思います。人間を中心に考えている組織は協同組合かなと思います。人間らしく働いたり、人間らしく生きるってことを大事にする組織のあり方。

人間らしさも時代と共に色んな変化があって、終わりが無いというか、ずっと考え続けるものだと思います。協同組合が出来た100年前の人間らしさと今とでは、良くなっている部分もあるだろうし、失った部分もあるだろうし。そういう意味ではこれから、またその人間らしさは変化するけれど、協同組合に関わっている人たちはずっと考え続けるんでしょうね。

1回決めて、進むんですけど、間違えたら見直すってぐらいが人間らしいかなと。一生懸命前に進むことも良いなと思うんですけど、途中で間違えるじゃないですか。その間違いを間違いとして認めてまた方向転換をしようというのが、協同組合であり、人間らしい組織だと思います。

 

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  • お忙しい中、ありがとうございました!

↓↓ グラフィック完成までの様子を1分で見る↓↓

 

こちらのインタビュー(短縮版)はILO駐日事務所のウェブページにも掲載されています。

 

ILO COOP 100 インタビュー企画「耕す、コープを。」:第2回 労働者協同組合 玉木信博さん(1/2)

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 本企画の背景

2020年3月23日、ILO協同組合ユニットは創立100周年を迎えました。国や企業のサービスの届かない地域にも、必要なインフラやサービスを提供してきた歴史が協同組合にはあり、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と持続可能な開発目標(SDGs)の実現に貢献してきました。世界中が新型コロナウィルス感染拡大の危機に直面し、人々の連帯がこれまで以上に必要とされる今、協同組合に注目が集まっています。

この機会に、若者世代の協同組合のイメージ(「古い」「縁遠い」)をより身近なもの/魅力的なものとするべく、日本の協同組合の活動を振り返ります。これからの時代の仕事/生活/消費/生産において、また今回のパンデミックをはじめ危機的状況において、協同組合はどのような役割を果たし、より良い未来を創っていけるのか。各協同組合で活躍される方々へのインタビューを通じて、協同組合の強みや可能性を、若者代表のILO駐日事務所インターンと一緒に耕して(探って)みたいと思います。

第1回は、株式会社 地球クラブ 厚東清子さんへインタビューしました。

第2回は労働者協同組合(ワーカーズコープ)で活躍されている玉木信博さんにお話を伺います。こちらのインタビュー(短縮版)はILO駐日事務所のウェブページにも掲載されています。

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インタビュー実施日:2020年5月27日

聞き手      :ILOインターン 藤田真理

グラフィック   :中尾有里

記録       :ILOインターン ジャン・ミロム

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労働者協同組合(ワーカーズコープ)とは?

 

ワーカーズコープは、働く人びとや市民がみんなで出資し、経営にみんなで参加し民主的に事業を運営し、責任を分かち合って、人と地域に役立つ仕事を自分たちでつくる協同組合です。
農協であれば、正組合員は農業者に限定されるし、生協であれば購買する人たちが組合員に、という風になりますけど、基本的にワーカーズコープはそういうジャンルがないんですよね。つまり、誰もが、共通の願いを持った人たちと集まってお金を出し合って、1人1票の議決権を持って、働くんですよね。ただ、どんな仕事でもいいというわけではなく、今回提出された労働者協同組合(ワーカーズコープ)の法律では、地域に必要な、持続可能で活力ある地域社会の実現に資することと書かれています。これまでも、組織自体が全国組織か、都道府県組織かというのはあるのですが、基本的には地域にすごく密着している事業所が多いです。地域との関係性をなくしては事業所がそもそも成立しません。

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ワーカーズコープ連合会の組織図



4足のわらじで、全国組織から地域の一般社団法人まで

  • 今はどのようなお仕事をされているのですか?

 

これがなかなか難しいのですが(笑)他の協同組合と同じように全国連合会としてのワーカーズコープ連合会というものがあり、私は理事をしています。私自身の仕事は、これとは別にもう2つの仕事があります。

ワーカーズコープセンター事業団は、連合会に加盟しながら、福祉(子育て・高齢者支援、生活に困っている人々の支援)や、建物の設備管理・清掃などの事業を全国で展開しています。センター事業団には30年余りの歴史があり、初期は病院の清掃、掃除の仕事、公園の管理・緑化がメインでしたが、20年前から高齢者の介護や児童福祉、生活に困窮している人々へのサポート事業が増えてきました。その中で、常務理事として事業経営や運動的活動を含む組織全体の方向性を考える部署で働いています。

ワーカーズコープでは、常に経営のことも大きなテーマです。例えば、今全国に広がっている子ども食堂などは、地域に必要だし、組合員自身もやりたいという思いはあるけれども、経営としてなかなか成り立たないですよね。そういった、地域に必要で役には立つけれどもすぐには事業にならないような、「つながり」をベースにした活動をする日本社会連帯機構という団体を、ワーカーズコープセンター事業団が中心になって、15年前に立ち上げました。私は今、その団体の事務局長をしています。全国から補助の申請を受けたり、様々な団体と事業だけでなく運動的に連携したりと、様々な連帯をつくるための取組を行っています。

  

  • 事業のカバー範囲がとても広い印象ですが、ワーカーズコープはもともと今のような事業をされていたのですか?

 

戦後~90年代まで、国が失業者に対して仕事を出すという失業対策事業があったのですが、その失業対策事業が高度経済成長後に基本的に役割を終えて制度をなくすということになりました。制度がなくなることで、失業者が生まれていく中、人にただただ雇われて仕事をするのではなく自分たちでお金を出し合って、事業経営もしていこうとしたのが、ワーカーズコープの始まりです。ですので、はじめは、失業対策事業の時にあった、道路や建物の掃除や公園の緑化事業などがメインでした。私が入った15年前は、ちょうどワーカーズコープが福祉的な仕事に広がっていく時期でした。私も以前は、児童福祉(学童保育や児童館)や公共施設のコミュニティセンターの運営や、生活に困窮している人の支援等をしてきました。

 

  • 玉木さんは現在、3つも役職をお持ちなんですね(お忙しそう…)

 

そうですね、実はもう1つあってですね(笑)5年前に東京から長野県に移住したんですが、長野でも一般社団法人の活動をしています。

ワーカーズコープセンター事業団は全国組織なんですけれども、これから労働者協同組合の法律ができれば、小さな労働者協同組合(ワーカーズコープ)を誰もが作れるようになります。色んな地域で、その地域に必要な仕事をその仕組みを使って作ることができるようになるかもしれないんです。そうなったときに、今まではセンター事業団という大きな組織の中で働いてきましたが、今住んでいる長野県の小さな村で、村に必要なことを自分たちでつくろうということもできるかもしれない、ということで昨年から一般社団法人ソーシャルファームなかがわという、長野県の中川村で仕事をつくっていくワーカーズコープ的な存在・場所をつくっています。

 

労働者協同組合の法律ができる「前」とできた「後」

  • いま、一般社団法人という言葉が出ましたが、労働者協同組合(ワーカーズコープ)と一般社団法人は組織のあり方として両立するということですか?

 

いや、両立しないんですよね。組織の設立目的自体が違うということもあるし、働く1人ひとりの出資する権利が一般社団法人にある訳ではないので、完全には一致しないんです。また、NPO法人では出資が許されていないので、組合員として参加時に出資をして、退会時に出資金が返還されるという仕組みはNPO法人ではつくれないんです。そういう意味では、一致しないからこそ、新しい法律をつくっているんですよね。

 

 

その通りですね。なので、私たちワーカーズコープもNPO法人を使い、企業組合法人も一緒に運営していたりとか、色々な組織が色々な工夫をしているんですよね。一般社団法人も、組合員が出資をして経営にも参加という部分は一致しないのですが、公益性の高さや、出資は許されないけれど基金という形で積み上げることは許されていたりということがあるので、私自身は地元で一般社団法人でも設立しました。労働者協同組合の法律が出来たら、転換をするという形ですかね。

私が、この労働者協同組合の法律に希望を持っているのは、労働者協同組合だけでなく、日本で協同組合を自分たちでつくることが社会に広まるキッカケになると思っているからなんです。日本には今まで、自分たちでつくれる協同組合って少なくて、協同組合は基本的に参加して、加入するものという認識になっていますよね。株式会社やNPO、一般社団はつくれると思うんですが、協同組合はつくるというイメージがない現状の中、今回の法案では3人以上いれば協同組合が設立できることになっています。日本で初めての労働者協同組合の法律となると同時に、協同組合をつくる、立ち上げることがこの社会で広がるということが非常に面白いと思います。

フランスの労働者協同組合とかはITベンチャーのようなものが多いと聞いていますし、ドイツでは再生可能エネルギーの協同組合があったり。イタリアでは80~90年代に精神病院が廃止されて、その受け皿は地域だということで、社会的協同組合というものをつくって働く場とケアの機能を果たしています。色々な人たちが多様なワーカーズコープをつくることが非常に進む可能性があり、とても楽しみですね。

 

  • 確かに…!NPOの立ち上げや起業の話しは同年代でも聞いたことがあるけれど、協同組合を立ち上げたという話は聞いたことがないです。

 

それが、ヨーロッパ等と決定的に違うところかなと思っていて。協同組合はつくるものという認識を持っている人がヨーロッパでは多いと思うんです。コミュニティ協同組合であったり、社会的協同組合だったり、同じ思いを持った人たちが集まって、何か問題を解決するためにつくる組織という認識なんです。韓国もすごい勢いで協同組合法が出来上がって、協同組合をつくる動きが加速しています。

 

  • まさに、日本もその一歩を踏み出そうという段階ということですよね?

 

ワーカーズコープは、今まで協同組合として位置づけられた法律がなかったので、色々な法人格を使ってやってきました。ようやくここに来て、色々な協同組合の人たちや労働団体も含めて色々な応援や支援もあったり、国会でも法律を作ろうとする機運が高まってきている状態です。

 

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ケアと一次産業が、気候変動への取組の鍵

  • 玉木さんは多様な組織や分野に関わっていらっしゃいますよね。その中でも、特に注力しているお仕事は何ですか。

 

ワーカーズコープの中でケア、福祉に携わってきたので、私の中で1番大事にしていることは「ワーカーズコープの中でのケアってなんだろうか」というテーマですね。つまり、協同組合で1人1票で働いていて、民主的な組織を目指しているので、その中でケアする人/される人という区別は馴染むものなのだろうかと。そうした問いから現場のメンバーがつくりあげてきたものがあって、「対等な関係の中に自分たちワーカーズコープのケアがある」ということが今は一般的な認識になっています。これは、自分の中では大きなテーマです。海外から視察が来ることもあるのですが、千葉県松戸にある高齢者介護の事業所では、障害のある組合員もヘルパーとして働いてるんです。一面ではケアされる人たちが認知症の人たちのケアをする役割をもっていたりだとか、アルコール依存症の人たちが本部で働いていたりとか、発達障害の人たちも働いているし、多様な人たちがともに働いているという状況になってると思います。

もう1つ、今1番関心を持っているのは、気候変動の問題に対してワーカーズコープは一体何ができるのかということです。ワーカーズコープの歴史からいうと、失業したり非常に生活に苦しい人たちが集まって、今日まで必死につくってきた組織ですので、環境問題とか気候変動の問題は、初めから積極的に取り組んできたテーマではなかったように思います。ただ一方で、強い関心は持っていて、何か自分たちでも挑戦できないかと考えてきました。ここ10年ぐらいはワーカーズコープが農業であったり、林業に取り組んでいて、特に若い世代が中心に働いています。彼らの山や自然との関わりの中で、このままでは環境だけではなく社会自体が持たないんじゃないかという認識がかなり強まって来ていると感じます。ワーカーズコープにおけるケア(福祉)と一次産業の部分がこれから気候変動に対して非常に大きな役割を果たすんじゃないかと思っています。具体的な取り組みの1つとして、現在はBDFという天ぷら油を回収してバイオディーゼル(燃料)につくり直すということも、全国3カ所でやっています。

 

  • ワーカーズコープのお話の中で、「気候変動」というキーワードが出て来ることに驚きました…SDGsなどでも様々な社会課題があるとされている中で、特に気候変動にフォーカスしている理由は何ですか?

 

まず、SDGsはおそらく、単一のテーマで捉えても難しくて、むしろトータルにコミットできるかというのが、重要な捉え方だと思っています。僕らはずっと地域に必要な仕事とか、持続可能で循環的な地域社会にどうしたらなるかっていうことを考えてはきたけれども、気候変動の問題を放置しておくと、そういう次元ではなくなるということもありますよね。自然環境として人が住めなくなるっていう問題があったり。例えば、私たちが今関わっている生活に困窮している人たちは世界的に見ても気候変動の影響を最も受けるんですよね。これはアフリカとかアジアとかはもちろんそうだし、日本の社会の中でも、おそらく富裕層の人たちはよりいい環境を求めて移動して暮らす、または、2拠点、3拠点ということも出来るかもしれないですが、そういうことが実質的に出来ない人たちが大勢いるということがコロナ危機でも分かったわけです。

 

  • サステナブルな状態の地球ありきの全ての活動だということですよね。そのために、根本的な問題として気候変動に取り組んでいると…なるほど!

 

「支えるー支えられる」の関係性を見つめ直す

  • 先ほど、ケアする-されるの関係性の話がありましたが、人の関わりをどのように捉えていくかは、協同組合の根本的な部分だと思いますが、いかがですか?

 

そうだと思います。どういう関わり合い、関係性を作るかはすごく重要なことだなと思っています。これまでは、支える側が社会の中でも弱者をどう支えるかが議論されてきたと思うんですが、では、本当に弱者と呼ばれている人たちはそういう思いを持っているのか。支えられるよりも、自分がイキイキとこれから生きていきたいという願いの方が大きいと、僕は思っていて。そうなってくると今までの「支える」とか「支援する」というあり方は、おそらく大きく見直していくことが必要なんじゃないかと思っています。それを、ワーカーズの場合には、現場の日々起きる様々な出来事から学んでいます。一方的ではなく、相互に。多様な人たちがいることで、誰もがそういう学びの場に直面できるのだと思います。

 

  • 以前、認知症の方々が施設の中で役割を担いながら、イキイキと暮らす施設のドキュメンタリー番組で見たことがあるのですが、今のお話に通じるものを感じました。

 

つながっていると思いますね。近所のご高齢の方にお話を聞くと、特に男性は、デイサービスには行きたくないって言うんですよね。歌を歌ったり手遊びしたりするよりも、いつまでも働きたいって。満足のいく給与をもらいたいというよりは、やっぱり「役割」なんですよね。この小さな社会、小さな事業所でも自分が役割を担っているという実感が一番大切なんだと思います。今、介護の事業所でも働けるデイサービスというのが少しずつ出てきています。社会のニーズとか人々のニーズがあって、特に、若年性認知症の人たちは、有償ボランティアが特例的に認めています。

 

震災時、被災者自身による仕事づくりを一緒に

 

阪神淡路大震災の時は、私はまだワーカーズコープに入っていないんですけれども、災害支援ボラティア等でワーカーズコープからも現場に入ったと聞いています。あの時は建物の倒壊が多かったので、建設労協というのを現地で立ち上げて支援に入ったそうです。被災地域の色々なつながりで立ち上げたと聞いています。

2011年の東日本大震災は、本部の一部を東北に移管するという形をとりました。東京に本部があり、東京が東北を支援するのではなく、本部の一部を東北復興本部に置き、役員(当時の専務・副理事長)も異動しました。今のワーカーズコープセンター事業団の田中理事長が東北に移住して、そこで指揮を執っていました。その当時、私は北関東地域を担当していて、埼玉に事務所があり、群馬や栃木も担当していました。また、東北は近いかったこともあり、月に一回北関東のメンバーと一緒に炊き出しにも行っていました。ワーカーズコープとしては、東北復興本部と、以前からあった東北事業本部と一緒に、被災者自身による仕事づくりというのを今日まで続けてきています。東北沿岸部でもかなり進んできてはいます。

 

  • 被災地でも支援する-されるの関係ではなく、「自分たちで」という意識が貫かれている印象を受けます。

 

東日本大震災の時は、そういう意思は本当に強かったと思います。一方で、被災被害は非常に深刻で、被災当事者による仕事づくりにのために、特に20~30代のメンバーも全国から東北復興本部に移動しました。目に見えるインフラは良くなっていくけど、気持ちの傷は生涯癒えないかもしれないという中で、20~30代のメンバーが試行錯誤して、事業所を被災当事者と一緒に立ち上げました。

  

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コロナ禍、地域の小さなコミュニティで働き方/暮らし方の転換を

  • そのような意味ではコロナウイルスと今までの震災とでは質が違ったりするんでしょうか?

 

だいぶ違うかもしれないですね。リーマンショックの時も多くの方が失業し、年越し派遣村などができましたが、そういった失業者支援をしている人たちの中でも、リーマンショックよりもはるかに深刻な自体になってきているという認識です。これまでの自然災害は被災していない別の地域がサポートする形が取れたと思うんです。ただ、今回は全国共通のみならず世界的な失業や貧困がこれから深刻になってくるであろうと思っています。

目の前にある困難ということを考えれば、私たち自身は今までのように生活に困窮している人たちと、小さくとも地域に必要な仕事を立ち上げていくことがとても重要だと思います。ただ、おそらくワーカーズコープが単一できることは少なくて、色々な団体と連携しなければいけないし、農協、生協、森林組合、漁協、金融の組合やNPOとも一緒になって取り組んでいく必要があると思います。

もうちょっと長期のことを考えると、暮らし方とか働き方そのものが大きく変わっていくんだと思うんですよね。都市の一極集中で政策的にはずっときたものが、今回のコロナ禍では都市部での感染率が非常に高いことからも、人が一極に集中して暮らすということの難しさが見えてきたと思います。これだけ一次産業が大切にされない社会の弱さ、ちょっと物がなくなればパニックになるっている状況の中で、社会の転換がやってくるだろうなと。そういった社会をどうつくるのかというと、地域の中で小さな深い関係性を色々つくっていくしかないと思うんです。もちろん、大きな社会のグラウンドデザインは大事なんですけど、人間が生きていく大事な小さなコミュニティをどういうふうにつくっていくかということを考えると、ワーカーズのような組織が色々な人たちと連携してやっていくべきことは、中長期的に見ても大きいと思っています。

 

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次回は、労働協同組合で働き始めた理由や2030年のビジョンを通して、労働協同組合の可能性や価値観を聞いていきます!お楽しみに! 

ILO職員インタビュー第5回(2/2):坂本明子 技能・就業能力専門家

 

前回は、坂本さんの業務内容や、COVID-19による技能・職業訓練への影響について伺いました。記事はこちらから↓

第5回(1/2):坂本明子 技能・就業能力専門家~COVID-19と技能・就業訓練~

今回は、仕事でのやりがいや大切にされていること、そしてキャリアパスについて聞いていきます!

  

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在宅勤務中のバンコクの自宅にて


坂本 明子(さかもと あきこ)

英国ロンドン大学教育大学院博士号取得。専門は技能・職業教育訓練政策。ILOジュネーブ本部にて教育・職業訓練資格制度の整備等に従事した後、ILO南アジア局でインド、スリランカ、ネパール、バングラデシュ、そしてアジア太平洋地域総局で主にフィリピン、マレーシア、インドネシアベトナムの技能・職能訓練政策並びに制度形成を支援。現在は、ILOアジア太平洋地域総局のディーセントワークチームにて、職業教育訓練、生涯学習などを担当。

  

印象に残っている仕事・やりがい 

坂本さんの中で最も印象深いプロジェクトはなんですか?

印象深かったのは、インドで行なった国家技能・職業能力開発政策(National skill development policy)の発動プロジェクトです。振り返ればもう10年程前になります。インドの経済が全体的に盛り上がっている時で、経済成長率も著しく、企業も高い技能・能力をもつ優秀な人材の確保に取り組んでいる時期でした。人づくりに対して国の戦略的な政策の必要性があると要望があり、インド初の国家技能職業能力開発政策にむけて政労使を含めた対談を重ね、政策策定をサポートしましたILOはプロジェクトの中で対話の場を設けたり、調整したり、また他国での経験や効果的だといわれる事例を紹介し参考にしたりと技術支援をしました。

その中で記憶に残っている場面は、プロジェクト終盤に政府側の責任者が、政策の草稿を首相の前でプレゼンテーションして閣僚決定にかけるという場面でした。その段階にいたっては外部の組織が立ち入ることはなく、全てこのプロジェクトのリーダーシップをとっていた労働省主導で行われたのですが、1年以上かけてILOの支援と政労使の方々との協力のもと作成された草稿を政府側トップがオーナーシップを持って直接プレゼンテーションした時、当事者として頑張ってくださっているということを感じました。政府の方々が、ご自身で噛み砕き、最終的に自分たちの主導で進めてくれたということにやりがいを感じ、少しお役に立てたかなと思える瞬間でした。今ではそのインドの技能・職業能力開発政策もほぼ5年ごとに改訂され、アップデートを重ねています。

 

様々なアクターを含めて合意を形成するということは大変な作業と受け取れます。

大変ですが、社会対話を大切にするというのはILOの精神の一つですからね。活動を行う上で様々なステークホルダーを交えて対話を行い、その中で解決点を見つけていくことはとてもやりがいがあります。政府の方、労使のパートナーの方々からそれは面白いと言われたり、ドナーを含めて一緒にやりませんかとアプローチいただいたりすると、ワクワクします。



専門家として大切なこと

仕事をする上で坂本さんが大事にされている、譲れない点は何でしょうか?

専門家としての仕事の一部なので余り意識していませんが、一緒に働いている国、パートナーの状況やニーズをよく把握すること、そしてそのための努力を怠らないことでしょうか。プロジェクトを行う上で、理想的なベストプラクティスが語られることはよくありますが、その事例が成功するかどうかは各国のコンテクストによって異なってきます。現場の環境が整っていなければ、モデルだけを持ってきても同じ効果は期待できません。その国の状況を100%理解することは難しいですが、できるだけ把握することでモデルの可能性や限界を模索できます。

もう一点は、外部から解決策を持ってくるのではなく、現場の状況をできるだけ把握した上でパートナーの方々と一緒に解決策を探し、プロジェクトを動かしていこうとする姿勢で臨むことを心がけています。

 

―そのような姿勢で臨む上で、特に気をつけている点がありますか?

提案の伝え方に気をつけています。ベストプラクティスや他国で成功したモデルに関して伝える時は、‘このセクター’、‘この国’では成功しているのですが、どうでしょうか、という話し方をするように心掛けています。基本的に外部から持ち込んだ解決策がそのまま現場に当てはまることはありませんので、どこを変えたら良いか、どの部分を改善できるか、情報提供をした上で問いかけていくようにしています

もう一つ、少し違う点になりますが、最近仕事をする上で一息つくことの大切さを特に感じるようになりました。あまり至近距離で仕事をしていると、見えるものも見えなくなります。職業訓練のプロジェクトは中長期の展望も大切なので、ある程度距離を置いて考えてみることが必要な時もあります。意識して少し一息つくことで、いいアイデアが思い浮かぶことが多々あり、また再始動する力になる時もあります。

 


ILOで働くまで

ILOに入られる前は学びの場に身を置かれていたり、仕事をされていたと伺っています。その経験は今にどう生きているのでしょうか?

大学では政治経済学を専攻し、その後カナダで国際開発学の修士をとりました。最初に働いた職場は、政府系開発援助のリサーチ業務などを行うところだったのですが、その職場で出会った方々からたくさんの刺激や挑戦を頂きました。当時職場にいながら社会人入学で夜学で大学に通っていましたが、頑張れ、と応援をくださる方々がおり、人柄的にも尊敬できる方が多くいらっしゃいました。また、この職場での業務経験をその後に繋いでいきたいと思っていました。

その後、ロンドン大学で取ったコースで教授に博士課程を勧められ進学をしました。博士課程を始める前は東アジアのプロジェクトの比較研究をやらないかと勧められ、研究員にもなりましたね。その時々に来た機会を躊躇せず受け入れてきたと思います。

これまでの職場、学校、奨学金の財団などで出会った方々とは今でもずっと繋がっていますし、大学を卒業してからもこれは面白いかもしれない、やりたい、と思える自分がいました。場面場面で巡り合った人たちに恵まれ、経験がまたその次の経験へ繋がることの連続で、今に繋がっていると思います。

 

研究員からILOという国際機関に入ることに抵抗感や不安はありませんでしたか?

初めての職場(政府系援助のリサーチ業務)では国連でのキャリアをもつ人もいて、開発援助に携わっている方々と交流することが多くあったので、国際機関に対する抵抗感はありませんでした。日本の外に出て活動することに関して不安などはなく、むしろそういった方々の仲間になりたいという思いが強くありました。また、その当時から労働というトピックには漠然と惹かれるものがありました。国際機関の中でもILOは専門性が高いということもあり、国連機関で唯一興味を持っていた機関でしたね。

 

 

キャリアを振り返って

―キャリアを積み上げていく中で苦労された点は何でしょうか? 

やはり仕事と家庭のバランスを取るのは大変です。家族が遠距離で暮らしていても大丈夫という方やご家庭ももちろんありますし、仕方がない状況にある場合もあるでしょう。それでも、私は一緒にいることを家族像の一つとして持っているので、そのような理想を持ちつつ国際機関で働き、移動を重ねるというキャリアはなかなか難しいものがあります。

夫とは私の家族観を共有しており、今となってはだいぶ長くなってきたキャリアの中で、ある時は夫が、ある時は私がお互いのキャリアを極力サポートしてきました。綱渡り状態ではありますが、バランスを取るためにお互いの譲り合いや、努力が大切と感じています。また、職場からの理解やサポートも仕事と家庭のバランスを取る上で大事なポイントでした。さらなる取り組みが必要な部分もありますが、ILOジェンダー意識も比較的高く、女性が働きやすい方だと思っています。お互いにキャリアを持つ家庭で仕事とのバランスをどう取るかは、職場内でよくあるトピックで、話題がつきません。

 

坂本さんのこれまでのキャリアを振り返ってみて、その中心にあると思われるもの、共通点のようなものはありますでしょうか?

今振り返ってみると、色々なことに対して常に主体的に動いてきたと思います。各場面で出会った人たちから感銘をうけ、面白いかもしれない、やれるかもしれないという好奇心や、または根拠のない自信などを持ち続けてきました。余り意識しているわけでないのですが、計画を立て達成していくというより、心持ちを大切にし、蓄積した知見や経験で誰かの役に立っているという感覚を大切にしてきました。
 

 

読者に向けたアドバイス

最後に国際機関を目指す人々にアドバイスをお願いします!

目指す機関にもよりますが、共通して実務経験は大切だと思います。国際機関で働くということ、特に各地域・国事務所では、現場の人たちと一緒に働くことになりますが、実務経験があるとパートナーの方々の問題意識を共有しやすいですし、特にILOは労働の世界の問題に取り組んでいる機関なので、労働市場に実際に出て、知見や感覚を得ることは大切なことではないかと思います。そのために一度、民間機関や、NGO等で実務経験を積むことをお勧めします。そこである程度自分の知識や経験を積んで、それをベースに国連の職についた時、さらに成長し活躍できるのではないかと思います。

そのような意味では、最初から国連機関を目指すのではなく、自分がやりたいことの先に、そして自分が何を貢献できるか考えた上で、たまたま雇用主が国連機関であるというように、選択肢の一つとして捉える方が良いと思います。

ILOは仕事の幅、裁量が広く、学びの機会がとても多いと思っています。違うバックグラウンドの人がいて、(労働の分野とはいえ)専門分野をこえてつながるグループがいて、考え方も多様で、同文化同一言語内によくみられる固定観念や既成概念などがあまりありません。それによるチャレンジもなきにしもあらずですが、そのような同僚と一緒に仕事をするのはとても面白いですし、お薦めの仕事です。頑張ってください!



―お忙しい中、ありがとうございました!

ILO職員インタビュー第5回(1/2):坂本明子 技能・就業能力専門家

 本企画はILOや国際機関に関心のある方や将来のキャリアとして国際機関を考えておられる方にILOの具体的な姿をイメージしてもらえることを目的としています。職員の方へのインタビューを通してILOでの具体的な業務、やりがいやキャリアパスを皆様にご紹介していきます!

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前回の記事はコチラ↓

第4回(1/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家~業務内容ややりがい~

第4回(2/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家~キャリアパス~

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第5回目はILOアジア太平洋地域局の技能・就業能力専門家である坂本さんにお話を伺いました。

 

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在宅勤務中のバンコクの自宅にて


坂本 明子(さかもと あきこ)

英国ロンドン大学教育大学院博士号取得。専門は技能・職業教育訓練政策。ILOジュネーブ本部にて教育・職業訓練資格制度の整備等に従事した後、ILO南アジア局でインド、スリランカ、ネパール、バングラデシュ、そしてアジア太平洋地域総局で主にフィリピン、マレーシア、インドネシアベトナムの技能・職能訓練政策並びに制度形成を支援。現在は、ILOアジア太平洋地域総局のディーセントワークチームにて、職業教育訓練、生涯学習などを担当。

  

 

技能・就業能力専門家の仕事 

―現在の業務について教えていただけますか。

ILOアジア太平洋総局のディーセントワークチームにて、技能開発の専門家をしています。職業教育訓練、生涯学習などを担当しています。日本だと、教育というと若い人が学ぶ対象というイメージがありますが、私が担当する教育の対象はもっと広く人づくり、キャリアに関わる教育に携わっています。

現在は、主に3つの仕事を行っています。一つ目は、職業訓練、生涯教育に関連する政策の見直しや制度の効果を上げるためにILOパートナーと対話を通じて行う政策強化への支援です。二つ目は、職業訓練、生涯教育の政策実施や制度の見直しのために、具体的なプロジェクトの企画や実施を行います。三つ目は、技術・職業訓練に関する調査研究です。各国の事例研究、ILOのプロジェクトの評価等を行い、レポート、記事また出版物等にまとめます。ここでの分析が、一つ目や二つ目の仕事にインプットされ、更新、改善されながら、さらに効果的な政策支援へとつながっています。今は、これら3つの業務が相互につながった状況で仕事をしています。

 

COVID-19の技能・職業訓練への影響

―COVID-19によって、今の仕事内容に何か変化は起きましたか?

毎年時期によって3つの仕事の比重が異なるのですが、COVID-19の感染が拡大し始めた頃は、ちょうどインドネシア・マレーシア・フィリピンのプロジェクトが立ち上がる時期でした。このプロジェクトは、それぞれの国の技能・職業訓練制度の在り方を仕事の未来と包摂的な成長を助長する観点から見直そうとするものですが、外出制限が課され、職業訓練機関が通常に運営できない中で、当面の問題としていかに学びを継続していくことが課題になりました。オンラインでの訓練・教育の機会が注目を浴びる中、もともとプロジェクト内容の一つとして予定されていたオンラインを通じた教育の優先順位を上げ、訓練の機会をオンラインベースで確保できるよう支援を進めています。

また、これまで技能・職業訓練は都市部に集中し、農村地域の人々のアクセスの問題がありました。農村地域を含め、女性、若年層、社会的に弱い立場にいる人々に技能・職業訓練の機会をいかに均等にしていくのか、というのもプロジェクトの目的です。COVID-19は社会的に既に脆弱(vulnerable)な状況にある人々をさらに厳しい状況に追い込んだと思われます。今後プロジェクトを実施・拡大していくために、今は技能・職業訓練の機会の均等化に対する比重を高めているところです。

 

―COVID-19によって、急速にオンライン学習が世界的に注目されるようになりました。ポストCOVID-19において、技能・職業訓練は今までとどのように変化するとお考えですか?

オンライン学習は、これまで国によって学校教育においてはある程度浸透していましたが、技能・職業訓練では余り普及していませんでした。なぜなら、技能・職業訓練では理論だけではなく実技にも重点が置かれ、手を使って学ぶことが多いので、実技の学習、また評価をオンラインでどのように実施するのか、という点が課題でした。今後、職業訓練の分野でもオンライン学習だけでなく、スキルの需要や訓練の効果など、広くデジタル化が進むと思われます。しかし、経済がどれくらい、どの程度のペースで回復できるか、そもそも感染は収まるのか等、COVID-19のインパクトに関しては、まだ不透明なことが多いですね。

また、仕事を探したいと思っている人、そのためにスキルアップを考えている人は、この事態だからこそ今の雇用状況や労働市場をよく見て備えていく必要があります。中長期的にキャリアを考えるのであれば、COVID-19に対する企業の対応をみると多くの示唆があります。このような危機に企業がどう対応しているのか、経営の維持や雇用を守るためにどのような努力をしているのか、こういった点は企業の底力と基本的な姿勢が見える重要な指標だと思います。

「仕事の未来」はILOの100周年のテーマですが、そこにあるメッセージの一つは「仕事の未来」のビジョンはひとつではなく、自分たちで描いて、目指すものということ、そのために今何をすべきかを問いかけていることです。こういった考えは基本的に教育や訓練の在り方を考えるうえで当てはまると思います。今後、教育や訓練においては、労働者のより主体的な視点と行動が求められていきます。労働者自らが主体的にキャリアや仕事についてビジョンを持ち、そのために何をするべきか考えるアプローチが必要になってきます。これまで、教育・訓練は労働市場に入る前の準備として考えられてきました。しかし、労働市場に入るまでに特定の資格や技術を取れば準備万端であると言うことは通用しなくなり、変動が多い労働市場の中で、学びはこれまで以上に続くもの、求まれるものになるでしょう。労働市場に入った後も学び続ける「ライフロングラーニング」を広げていく制度が、今後一層必要になってきます。この点ではCOVID-19は失業者や雇用対策の一環として、スキルアップや新しいスキル取得の継続と、そのための制度作りの重要性を改めて示したといえます。ただ、生涯学習はライフプランニングを踏まえた広い考え方なので、たとえ仕事につながらなくても、自分の興味を追求する、何かを学ぶというその事実自体が、人間らしく生きるために重要であるとされています。

 

技能・就業能力訓練における制度の重要性

―労働者が主体的に行動するために重要なことは何でしょうか?

テクノロジーの進化、新しいビジネスモデルの模索が続く中、労働市場で求められるスキルは急速に変化していきます。ですので、「私の仕事の範囲はここまで」という現状維持より、仕事を通じて更なる学びの機会、スキルアップの機会を将来への就業能力をあげるための糧として前向きにとらえていく姿勢も大切です。

しかし、労働者の主体性を考える上で、これを個人の努力の問題として捉えることには気をつけなければなりません。学びの機会は均等ではなく、必ずしも自己責任の問題として捉えられないためです。ジェンダー、社会的背景、会社の規模など、様々な状況によって、人々が得られるスキルアップの機会は均等ではありません。必ずしも皆が学びを継続できる状況にいるわけではないため、学びのための支援、インセンティブ、報酬・リターンも一律ではありません。学びの機会をよりインクルーシブに確保し、提供することが重要になってきます。個人の範囲だけでなく企業や社会の問題として捉え、制度的にスキルアップの機会を設けなければなりません。企業の場合は、大切な人材として企業にいてもらう方法を考え、スキルアップの制度を整え、またそのインセンティブとリターンを考える必要があります。

 

どのようなスキルが自分に必要なのかを含め、キャリアを考える上で自分のビジョンを固めるのは難しい作業のように思えます。

将来像を描くことは確かに難しいですね。働き手がキャリアビジョンを描くことを企業が手伝うことも重要ですが、企業側がどのような人材が必要なのか、今後の事業展開の計画に絡めてメッセージを発信していくことが大切です。

これは、労働者のスキルを十分に活かせるか、というスキル活用(Skill utilization)の問題にもつながります。スキルアップしたものの、高い技術を持つ労働力に対する企業の需要は果たしてあるのか、ビジネスを展開していく上でその労働力をしっかり取り込めるか、技術・技能力に見合うだけの報酬は与えられるか、などの課題があるためです。ただ教育・訓練レベルが高ければいいというわけではなく、しっかりと労働者と使用者との需要と供給が合わなければなりません。そのために個人だけでなく、一人一人の労働者のスキルを支える、活用できる基盤、制度を含めて包括的に考える必要があるのです。

 

今後労働者に求められる力とILOの取り組み

ー坂本さんから見て、今後どのようなスキルが重要になってくるとお考えですか?

知識やスキルを学ぶことは大切ですが、好奇心や探究心、分析力、忍耐力、問題解決能力など、何かを学べる力やスキルアップをするための基礎となる力も同じく大切です。労働市場が常に動いている中で、その市場を追える力、将来のキャリアを描く力に繋がるためです。これらを強く持っていると、予想していなかった危機や展開があるときに主体的にその状況を打開していける原動力になります。これはスキルの有無と同じくらい大切です。このジェネラルな力の重要性はILOの中でも注目されています。

 

そのような力はどのように培われるのでしょうか?

逆説的かもしれませんが、ある分野、ある職業を深く長く、最低でもある程度の期間やることが一つの方法だと言えます。一つのことを追い求める過程では、先ほど話したような力の習得が必要とされるためです。しかし、途上国も含め雇用の機会が限られているところでは、即戦力として短期間の労働力が求められることが多く、このような力をつけることが難しい環境があります。このような環境では、キャリアアップをすることが難しく、中長期的な技術・技能を身につけづらいため、なかなかディーセントワークには届きにくいということもあります。そのため短期と中長期的な雇用機会にあわせてどのように技能訓練のバランスをとっていくかが大事になってきます。

 

 このような課題に対してILOはどのような活動を行なっていますか?

まず現場へ入って労働市場や雇用のニーズを確認し、技能・職業訓練の提供状況を把握します。その上でカリキュラムやコースの更新,改訂、職業訓練機関と企業との連携強化、またそこで必要となってくる法・制度整備等必要な部分をプロジェクトの形で支援します。ILOでは特にインフォーマルエコノミーで従事している方々へ中長期的なキャリアデザインの重要性を認識しています。基本的に現場のニーズに基づいて活動していますが、ILOが全てを請け負えるリソースはないので、ドナーに呼びかけを行うことも、逆にドナーの方からプロジェクトの提案が来ることもあります。



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後半は、坂本さんの仕事でのやりがいや大切にされていること、そしてキャリアパスについて掘り下げています。

記事はこちらから→ ILO職員インタビュー第5回(2/2):坂本明子 技能・就業能力専門家〜キャリアパス〜

また、以前、坂本さんには「活躍する日本人職員 」でもインタビューをさせていただきました。こちらの記事も是非ご覧ください。