【報告書紹介】ジェンダー平等に向けて大跳躍(2/2)
前回の記事では、仕事の世界におけるジェンダー平等を妨げる要因として、報告書ではケアの負担と雇用上の格差が取り上げられていたことをご紹介しました。
記事はこちらから↓
【*新コーナー*報告書紹介】ジェンダー平等に向けて大跳躍(1/2)
今回は、グローバルの状況を分析した報告書を踏まえて、日本での状況を見ていきたいと思います。
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日本におけるジェンダー平等
世界経済フォーラム(WEF)の「世界ジェンダー・ギャップ報告書(Global Gender Gap Report)」2020年版によると、ジェンダー平等の世界ランキングにおいて、日本は153カ国中121位となり、これまでで一番低い結果となりました。
もう少し具体的にランキングに用いられた仕事の世界に関係する指標を見ていくと、「ジェンダー間の経済的参加度および機会」という指標では、女性の労働参加率が79位、そして「類似の労働に対する賃金平等」という指標では、67位という結果となりました。
ーケア労働分担は実践されていない?
日本では、ケア労働は誰によって行われているのでしょうか?
労働政策研究・研修機構の「第5回(2018)子育て世帯全国調査」によると、調査対象の1974世帯のうち、従来型標準カップル(男性がフルタイム、女性が非正規雇用もしくは無職)は約7割を占めています。また、フルタイムで働く夫の就業時間が 60 時間を超えた場合、妻のフルタイム就業率が顕著に低下することも明らかにしています。さらに、ふたり親世帯の平均家事時間数は、母親が207分/日であるのに対し、父親は35分であることも明らかにしています。この調査は、日本の多くの世帯において、母親・妻である女性が家庭内におけるケア労働を担っている点を示しています。
また、今年アデコが1000人の男性会社員に実施した「子育て世代男性会社員の家事・育児分担に関する意識調査」によると、意識レベルでは、妻がもっと仕事に比重を置くことへの理解等が見られる一方で、家事時間の分担では妻が7割、夫が3割が最多であり、4割以上が子ども出生後も仕事上で大きな変化はないとし、実際の行動がより求められる結果となっています。さらに、7割以上の会社で育休制度が整備されているにもかかわらず、実際の利用率は全体の2割未満となっているとのことです。
2019年の内閣府実施「男女共同参画社会に関する世論調査」でも、「男は仕事、女は家庭」に反対する男性が初めて5割を超えたことが話題となりました。既に多くの人たちが、女性ばかりにケア労働を負担を強いることは不平等であると認識している一方で、今後の日本社会の課題としては、この認識をいかに実践にうつしていくか、という点にあるように思えます。
ー日本の同一労働同一賃金は格差を解消する?
日本では、正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差を解消する同一労働同一賃金が導入されたばかりです。2020年4月からは大企業、そして2021年4月からは中小企業に適用されます。
同一労働同一賃金は、同一の仕事に従事している人たちに対して、同一の賃金を支払う、という施策ですが、どのように男女間の賃金格差の改善につながっているのでしょうか?
2019年の総務省統計局の労働力調査によると、男性の正規職員・従業員数は2334万人、非正規職員・従業員数は691万人であるのに対し、女性の正規職員・従業員数は1160万人、非正規職員・従業員数は1475万人となっています。
このように、日本では男性に比べて女性の非正規職員・従業員数が非常に多くなっています。これはグローバルの状況にも反映されており、ILOの報告書「世界の非標準的雇用:課題の理解と展望の形成」では、日本の非正規労働者も含めた世界の非標準的労働者の中で、移民、若者に加えて、女性が多いと指摘しています。
つまり、同一労働同一賃金の導入は、ジェンダーの賃金格差を解消する第一歩となり得るのです。
実際、20-50代の就業女性1200名を対象にした日本FP協会の「働く女性のくらしとお金に関する調査2020」によると、働き方において重要だと思う取り組みについて、「有給休暇の取得促進」「賃上げ促進」に次いで、31.3%の人が「同一労働同一賃金(雇用形態に依らず仕事に応じた収入を支払う)」と回答しました。
しかし、同一労働同一賃金では、男女間の賃金格差を解消するには十分ではありません。前回のブログで言及したILO第100号条約にも規定されている同一価値労働同一賃金が、ジェンダーの賃金格差の解消に求められるのです。
では、この二つはどう違うのでしょうか。
ILOの「同一価値労働・同一報酬のためのガイドブック」によると、同一価値労働同一賃金の考え方では、男女が同じ又は類似の仕事をする場合に、同一賃金が支払わなければならないのみならず、全く異なる仕事をしていても、客観的な基準に照らして同一価値の仕事である場合には、同一賃金が支払わなければならないのです。
日本では正規職員・従業員における男女間の賃金格差も指摘されています。正規・非正規間の賃金格差を解消する同一労働同一賃金は極めて重要な施策である一方で、男女間の賃金格差の解消には、同一価値労働同一賃金への取り組みが求められるのです。
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ありがとうございました!
【*新コーナー*報告書紹介】ジェンダー平等に向けて大跳躍(1/2)
本企画はILOの活動や労働問題に関心のある方に、ILOの取り組み内容をより知っていただくことを目的としています。ILOがこれまで刊行してきた報告書をご紹介することで、報告書がテーマとしている分野の実情やILOの条約・勧告を皆様にご紹介していきます!
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第1回目は「ジェンダー平等に向けて大跳躍:より良い仕事の未来をすべての人に」をご紹介します!内容が盛りだくさんのため、2回に分けてお届けします。
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ジェンダー平等の現状
先日公表された国連広報センターの広報誌「Dateline UN」Vol.99(2020年4月号)にて、UN Womenは、ジェンダー平等に向けて世界は未だに「スピードも達成度も不十分」であり、場合によっては「停滞、さらには逆行している」ところも見られる、と指摘しました。
仕事の世界におけるジェンダー平等も、「スピードも達成度も不十分」である分野の一つです。これまで世界各国で様々な措置がとられてきましたが、未だにジェンダー不平等は解消されていません。
では、一体何が仕事の世界におけるジェンダー平等を妨げる要因となっているのでしょうか?
今日のブログでは、この問いへの視座を提供してくれる、ILOが2019年に発表した報告書「ジェンダー平等に向けて大跳躍:より良い仕事の未来をすべての人に」の内容をご紹介します。
なお、この報告書は内容が盛りだくさんなので、今回の記事ではジェンダー平等の要因に注目した第1章のみを取り上げたいと思います。
ジェンダー平等の障害:ケアの負担と雇用上の格差
さて、皆さんは何がジェンダー平等の障害となっていると思いますか?
本報告書の第1章ではいくつかの点が指摘されていますが、日本社会にも大きく関わってくる2つのポイントをピックアップします。
ー「女性は伝統的にケアを提供する人と想定されてきた。…無償のケア労働は、女性から働く機会を奪っている最大の要因なのである。」
まず取り上げたいのは、ケアの負担の問題です。
ケアとは、育児、介護、家事などを含む配偶者や家族への介護・援助を指します。
ケア労働には、有償ケアと無償ケアがあります。有償ケアは、ケア労働に対して適当な賃金が支払われている場合を指し、例えば介護士や保育士は有償ケアに従事する人たちと言えます。これに対し無償ケアは、賃金の支払いがないケア労働を指します。
配偶者や家族へのケアは、人々の幸福に不可欠である一方で、その負担の多くは女性にのしかかっています。しかも、その負担の多くは無償ケア。
報告書は、いくつか重要な統計も示しています。例えば、フルタイムで無償のケア労働に従事している人口比率は、全世界で男性が4100万人(1.5%)であるのに対し、生産年齢の女性は6億600万人(21.7%)にものぼります。
また、有給・無償あわせた労働時間では、女性の1日当たりの労働時間は7時間28分で、男性の6時間44分より長いとされていますが、女性は労働時間の7割以上を無償ケア労働に使い、1日当たり平均4時間25分を無償ケア労働に充てているのに対し、男性の平均は1時間23分と示されています。
なぜ無償ケアの負担がこれだけ女性にのしかかっているのでしょうか?
報告書は、女性がケアの提供者であるとする伝統的な考え方があると指摘します。例えば、今は各国で推奨されているワークライフバランスですが、それに伴い採用されている措置の多くも、女性にケア負担が乗ることを前提に設計されています。しかし、職場と家庭のどちらでも働く女性は、睡眠不足や不安の問題が生じやすく、女性の健康と幸福に影響を及ぼしています。
ー「就業女性に占める賃金労働者の割合は男性よりも速く拡大しているのに、男女の平均賃金の間の格差はさほど縮まっていない。」
次に取り上げたいのは、雇用上の格差の問題です。
報告書は、ジェンダー間の賃金格差も平等の障害であると述べています。
2019年当時、世界平均のジェンダー賃金格差は依然として18.8%でした。ILOは第100号条約で男女同一価値労働同一賃金を規定していますが、この規定を実施する国内法を有する締約国は未だに少ない現状にあります。
格差の要因はどこにあるのでしょうか?報告書は、格差の要因となりうるいくつかの事柄(伝統や慣習、労働組合の結成や交渉が盛んでない分野での就業など)を挙げていますが、ジェンダー賃金格差の大部分は依然として説明できない、と分析しています。
報告書は、女性の中でも、母親である女性は、子どもがいない女性よりも所得が少ない傾向にあるとし、この格差を「母親であることに対する賃金ペナルティ」と呼んでいます。そして、興味深いことに、このペナルティは父親にはなく、男性は父親の方が賃金が高い傾向にあると指摘しています。また、賃金だけでなく、母親が指導的立場につけないことも、母親であることのペナルティだと述べています。
ペナルティの要因については、キャリアの中断、労働時間の短縮、企業の採用・昇進決定へのジェンダーバイアスの影響など、複数の要因があります。管理職等リーダーシップから母親を遠ざける要因については、男性中心の企業文化による影響もあると指摘しています。
次回は、日本におけるケアの負担と雇用上の格差の状況を見ていきます!
ぜひご覧ください!
次回記事はこちらから↓
【報告書紹介】ジェンダー平等に向けて大跳躍(2/2) - ILO Japan Friends’ diary
ILO職員インタビュー第4回(2/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家
前回は、三宅さんの業務内容や、やりがいについて伺いました。記事はこちらから↓
第4回(1/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家〜業務内容ややりがい〜
今回は、キャリアパスについて聞いていきます!
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ILOで働くまで
―国際公務員を目指すきっかけはどのようなものでしたか?
青臭い話ですが中学3年生の頃、友人らと将来の夢について輪になって話したことがきっかけです。私はそれまで宇宙飛行士になりたいと思っていましたが、視力や語学の条件から諦めざるをえなかったんです。なので友人と話した時は特に夢がありませんでした。そんな状態で皆それぞれ、医師や学者など、素晴らしい夢を持っていることを聞いて、じゃあ私は皆の夢を叶えてあげるような仕事をしたいと思ったんです。どうすればいいか考えて政治を思いつきました。政治で友人がしたい研究を後押しすることもできるし止めることもできるなと。そして次に中学2年生の時に留学で私のクラスに来ていたオーストリア人のことを思い出しました。私にとって中学生の時期は日本の外にも生身の人間がいるということを知識だけでなく実感として持ち始めた時でした。そこから、目の前の友人だけではなく世界中の人の夢をかなえてあげようと思い、じゃあ同じ政治でも国際政治だと。であれば、国連だろうと。単純ですよね(笑)
それだけなら、その場の思い付きだけで終わったかもしれないけれど、当時、自分にはオーディオ機器のカタログを会社に葉書で問い合わせて読むっていう暗い趣味があって(笑)お金があったら、こんな組合せのコンポを買おう、なかったらこの組合せでとか妄想するのが楽しかったんです。それと同じノリで、日本国際連合協会に「国連職員になるためにはどうしたらいいんですか?」って葉書を送ってみたんです。そしたら、ある日突然、外務省から分厚い封筒が届いたんです。その時は、「自分は何か悪いことをしたんだろうか」と焦ったんですが、中を開けてみたら、国連職員の手記や試験、機関の種類に関する大量の資料が入っていたんですよ。国連協会の方が親切に私の葉書を外務省国際機関人事センターに回してくださり、人事センターの方も中学生のリクエストにきちんと応えてくださったというわけです。これを見た時に、会話中の思い付きで国際公務員と言ったけれども、こんなにも真面目に中3のリクエストに応えてくださるということは、求められている職業なのかもしれない思い、より真剣に考えるようになりました。
それから、国連についての本を読みだしたり情報収集をしたりしていたら、アメリカに留学する機会にも恵まれ、なんとなく国連職員へと人生が転がり始めた感じがしています。
―中学生の頃から目指されていたのですね!一度、民間企業へ就職されていますが、その理由はなんでしょうか?
はじめは、大学院終了後にはすぐにJPOを受けて国連職員になるつもりでいました。ただ、ある国連機関でアルバイトをした際に、やはり専門の知識だけでなく、効率的に仕事を進めるスキルを身につけたり、よりいい組織になるよう提案できたりすることも大切だと感じ、一度民間で働くべきだと考えるようになりました。そこで大学院修了後は、経営コンサルティング会社に入りました。その後、3年半働きましたが、外資系コンサルティングということもあり、若いうちから仕事を任され、短い期間しか勤めませんでしたが色々な経験をすることができました。在職中は主に、人事や組織関係のプロジェクトに携わっていました。
ILOでのキャリア
―なるほど、紆余曲折あっての国連職員なのですね。その後、どのようにILOに入られたのでしょうか?
3年半働いて、「もうそろそろいいかな」と思ったこともあり、JPO試験を受けました。現在とは違って、当時はJPOプログラムでの採用が決まってから、勤務希望の機関を提出し、ポストを探していただくという流れになっていました。この時初めてILOを勤務先の選択肢として真剣に考え、国際法を扱う部署が大きいところということで第一希望にしました。その後JPO派遣準備を進めていたのですが、ILOのYoung Professional Career Entrance Programmeという国連のYPPのようなプログラムをJPOよりもILOに残りやすいですよということでを外務省の方から薦めていただき、この試験を受けてILOに勤めることになりました。
プログラムで入ったため、最初の1年間をジュネーブ本部、2~4年目はマニラとインドネシアで働き、その後ジュネーブ本部に戻りました。本部では主に加盟国のILO条約実施状況を監視する仕事をやっていました。ILO条約はいろいろな労働問題を扱っていますが、主に賃金・労働時間・船員など特定の労働者に関する条約を担当していました。2015年からはトリニダード・トバゴのILO事務所で働いています。そこでの仕事は、ILO条約をより効果的に実施できるよう加盟国を支援することです。例えば労働法改正のサポート、ILO条約のプロモーションですね。
―ILOで長年キャリアを積まれていますが、働く場所としてILOは他の国際機関とどう違いますか?
ILOでは長く働く人が多いですね。労働問題を中心に扱っている機関が他にあまりないというのも理由の一つであると思います。また、もう一つの特色として、ILOは英語以外の言語の存在感が強いと感じています。職員には英語以外の言語もシビアに求められることもあります。本部でのミーティングは英語で進められていたのが突然フランス語に切り替わったりすることもあります。多くの日本人にとっては大変ですが、面白い環境でもありますよね。こういうところに入ってしまったのでがんばるしかありません。
ILO各地域事務所の特徴は、その事務所がカバーしている国の特色で決まります。私が働いているカリブ海地域では、政権や大臣、官僚が変わると、政策がこれまでの経過にかかわらず変わることがあるので今までやってきたことがすべて白紙に戻ることもあります。そんなこともあり仕事が進みにくいです。それに比べると、アジアは仕事の進みが早い印象はあります。しかしその分、ILOに対してもスピーディに結果を出すことが求められたりしますよね。
―今後のキャリアの展望を教えてください。
今はILO条約の扱っているテーマであればすべて担当します。広く浅くの仕事ぶりですね。今後は特定のテーマや国に絞って、狭く深く仕事をするチャンスがあったらいいかなと思っています。例えばILOのプロジェクトにもっと携わっていきたいです。
読者に向けたアドバイス
―国際公務員を目指す若者へのメッセージをお願いします。
皆さんには、好きなことや興味のあることを追い求めてほしいです。国連で働くこと自体を目指すというよりも、自分の好きな分野で仕事をする上で国連が良いと思うのであれば国連で働くというように考えるといいと思います。「国際機関で働くにはどうしたらよいですか?」ではなく、「これまで学んできた内容や知識を、国際機関で活かせるチャンスはありますか?」という風に考えるということです。
国際機関では一般に専門家を求めるため、興味がないのに国連に入りやすいからと自分が必ずしも興味のない分野の勉強をしても、最終的にはあまり意味がないと思います。後も辛いですし。むしろ、好きなことを求め続けて、その延長線上にたまたま国連があることが理想的なのではないかと思います。
また、国際機関に入りたいのであれば、語学を追い求めてほしいです。もしかしたら、言語を勉強するうちに自分の興味のある国・地域や問題が見つかるかもしれませんし。ある言語ができるからというので仕事が回ってきたりすることもあります。国際機関に入らなくても観光で使える。なので語学は間違いない投資と言えると思います。
―お忙しい中、ありがとうございました!
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次回はILOアジア太平洋地域局の技能・就業能力専門家である坂本明子さんにお話を伺います。お楽しみに!
labourstandard1919.hatenablog.com
ILO職員インタビュー第4回(1/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家
本企画はILOや国際機関に関心のある方や将来のキャリアとして国際機関を考えておられる方にILOの具体的な姿をイメージしてもらえることを目的としています。職員の方へのインタビューを通してILOでの具体的な業務、やりがいやキャリアパスを皆様にご紹介していきます!
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前回の記事はコチラ↓
第3回(1/2):川上剛 労働安全衛生・労働監督上級専門家~業務内容ややりがい~
第3回(2/2):川上剛 労働安全衛生・労働監督上級専門家~キャリアパス~
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第4回目はILOカリブ海域事務所(トリニダード・トバゴ)の労働法国際労働基準専門家である三宅さんにお話を伺いました。
三宅伸吾(みやけ しんご)
国際基督教大学にて国際法を学び、東京大学大学院にて国際法の法学修士を取得。アクセンチュアでのコンサルタントを経て、2001年にILOに入り、それ以来国際労働基準の活動に従事。ジュネーブ本部にて11年間法務官として勤務したのに加え、フィリピンの首都マニラのILO東南アジア及び太平洋地域局、インドネシアの首都ジャカルタのILOフィールド事務所においても3年半勤務。2015年よりカリブ海域事務所に入所。現在は、カリブ海地域の国際労働基準の適用を促進するため、政府、雇用主、労働者の組織のサポートに従事。
国際労働基準労働法専門家の仕事
―現在の業務について教えていただけますか。
労働法国際労働基準専門家という役職で、カリブ海域事務所に所属し、カリブ海域に所属する13加盟国と9海外領土(英語・オランダ語圏)をカバーしています。業務では、ILOの条約や勧告からなる「国際労働基準」を使いながら、できるだけ良い労働法を作ってもらうように、各国の労働法の改正の際のサポートをしています。もう一つは、国際労働基準自体の周知活動です。各国に各条約を批准してもらい、コミットしてもらうと共に、批准しなくても国際労働基準を法律や政策で使ってもらえるようよう働きかけたり、具体的な活用提案をしています。
法律や政策方針を扱うことが多いので普段は政府とやり取りをすることが多いのですが、市民団体などから問い合わせを受けることもあります。私が以前受けた問い合わせは、看護師団体や家事労働者(お手伝いさん)など。トリニダード・トバゴでは家事労働者のNGOの活動が活発なのですが、家事労働者が日々どのような問題に接しているかなどは、政府や組合の人よりもNGOの方が精通しているケースもあります。市民団体の持っている生の情報は貴重なことが多いので、ILOのミーティングでも構成員である「政労使」の三者に加えて市民団体の方に入ってもらうこともあります。
―毎日の生活はどのようなものですか?
トリニダード・トバゴでは交通渋滞がひどいので、それを避けて朝7時半~8時の間には出勤しています。メールをチェックして連絡事項や依頼事項を確認してから、その日の業務に取り掛かりますが、ヨーロッパ人の同僚がいるので10時にはコーヒーブレイクが入ることもあります(笑)。昼食はお弁当を用意する同僚が多いですね。僕は食べに行くかテイクアウトしてオフィスで食べるかします。その後午後の仕事を終えて、帰宅は17時~18時頃ですね。長距離を通勤してくる同僚はうんと早く出勤して午後早めに帰宅することもあるので、事務所全体が大体これぐらいの時間にはひっそりします。
楽しいこと、嬉しかったこと
―最も楽しいお仕事は何ですか?
私の仕事は法律や条約の文書という、抽象的で大きなものを扱うことが多いのだけれども、楽しさはむしろ、もっと具体的な個人間のつながりの部分にあることが多いです。
例えば、ある国では協議を行うと政労使がそれぞれの立場や見解を主張することに時間が費やされ、それらの共通点や妥協点を見出したりすることができず、結果として対立のみ目立ち、話が進まないことが多く、協議の議長を務める労働省の主席法務官は困っていました。そこで、三者およびILOの意見を論点や法律の条文ごとに整理したマトリックスをあらかじめ作成して、それを見ながら協議を進めるという流れを提案しました。その結果、議論の主眼が立場の主張ではなく、次にやるべきことに移っていくようになったのです。それに手ごたえを得たのか、法務官は他の法律の協議のときにも使うようになり、各立場だけでなく、関連法律の条文を追加してマトリックスだけ見ていればいいようにしたり、会議の場でプロジェクターでマトリックスを映してその場で妥協点を確認しながら進めたりと、自分たちで改良をどんどん進めていきました。それとともに法務官の議長としての采配ぶりも自信に満ち、議論を結論に向けてさらに強くリードしていけるように目に見えて変わっていきました。この経験を通して、この法務官とは仕事上での信頼感も構築され、ちょっとした相談も出来るようになりました。
この時議論していた法律自体はまだ採択されていないので、専門家としての私が出すべき成果としては未完ですが、この法務官の変化を目の当たりにして、そのお手伝いができたことをとても嬉しく感じたし、仕事上の満足感も得られました。この法務官は大臣にさらに信頼されるようになりました。ILOへのパートナーとしての信頼も高まったように思います。
―現地の政労使から信頼を得るために気を付けていることはありますか?
外交においては、専門家や大臣レベルであっても、個人的なつながりや信頼関係によって物事が進んだり進まなかったりすることはよくあります。私が日々気を付けていることは、問い合わせがあったら、必ず返信をすることですね。カリブ海域では郵便事情はよくないし、島国でそれぞれ離れているので、大きな依頼や問い合わせがメールで来ることがしばしばあります。そんなわけで、1通のメールにしてもその後ろにどれくらいの人が関わっていて、どれくらいの緊急度で送ってきているのかは分からないのです。
あとは、常に同じ視点に立つようにしています。パートナーの隣に並んで問題に「浸ってみた」視点で見るように心がけています。何か解決法を教えてあげるというのではなく、相手の状況を踏まえながら、一緒に考えていこうという姿勢をとるということですね。これは、私自身やILOが必ずしもすべての問合せの回答を持ち合わせていない、また、回答を持っていたとしてもそれが個別状況にとって最適な解か分らないという前提に立つことでもあります。これによって自分の中でも、答えが分らないから焦るということがなくなるので、心に余裕が持てるようになったりもします。問題の発見から解決の提案、実施のサポートまで一緒にやっていくこと、つまり、苦労も共にすることで、信頼ができていくんだと思います。
苦労したこと、大変だったこと
―現在の業務で大変に感じたことはありますか?
現在、EU拠出の女性に対する暴力撤廃のプロジェクトをガイアナ、ジャマイカやその他のいくつかのカリブ海の国で実施しています。その中のトリニダード・トバゴの案件調整を昨年担当しましたが、その際にILOの特徴を理解してもらうのに時間がかかりました。他の国連機関は、政府のみと協働することに慣れていますがILOでは労働組合も使用者団体も意思決定パートナーです。そのため、これらの団体の意見も踏まえたILOの関心事項を、国連のプロジェクトに入れてもらうことに苦労しました。また、ILO内での活動計画案作成や変更も短い準備期間の中で複数の同僚とやっていたため、大変でしたね。
―国際労働基準の中には、意見の対立が顕著な分野もあると思いますが、それで苦労された経験はありますか?
ILO基準をベースにした議論の場合、国内法の具体的な条文について指摘することが多いので、政治的に反対されることはあまりありません。ただ、先住民、児童労働やLGBTなどについては、問題によっては政治化されているものもあり、「この国には先住民はいません」と言われてしまうこともあります。もう、その話題は扱いたくないという風な態度をとられてしまった場合などは難しいですね。
専門家として大切なこと
ー三宅さんにとって、専門家として働く上で大事なことはなんですか?
専門家にとって大事なことは、自分自身で回答が用意できないときにどうすればいいのか、を思いつける知識、人脈、経験を持っていることですかね。すべての国の法律を分かったり、問題について知ったりは出来ないわけですから。もちろん分かる範囲では自分で回答を用意するけれども、本部の人たちや他の国連機関と協力することで、より包括的な解決にもつながります。他の国連機関があつまる会議に案件をもっていってアドバイスを求めたり、場合によっては資金を拠出してもらったり、協働できるアクションを考えたりという経験は大切ですね。
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後半は、三宅さんのキャリアパスについて掘り下げています。記事はこちらから↓
第4回(2/2):三宅伸吾 労働法国際労働基準専門家〜キャリアパス〜
また、以前、三宅さんには「活躍する日本人職員」でもインタビューをさせていただきました。こちらの動画も是非ご覧ください。
インターンの調査報告:社会的連帯経済(SSE:Social Solidarity Economy)(4/4)
第1回はSSEとは何か、第2回はILOにおけるSSEの取り組み、第3回はSSEにかかる困難についてご紹介しました。
今回は、SSEが直面する困難へのアプローチと今後のSSEの役割についてです。
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前回見た通り、SSEにとって資金調達は民間企業とは異なる特殊なプロセスを必要とします。このうち、保証や安定的な収入源という点において役割を果たすのが公的資金または政府の関与です。以下で見るケベックの事例は地方政府・地域金融がSSEの発展に大きく役割を果たしたものです。一方のインドのSEWAのケースは地方政府への財政依存が大きい場合の危険性を示す例となっています。
-ケベック:
- ケベックではSSEについての強力かつ制度化された生態系が形成されています。その理由としてILO(2019)[1]は長きにわたる協同組合・共同体の活動の強い伝統、SSEを政治的・財政的に支える地域政府の積極的な関与、セクター横断的な協力関係の構築を挙げています。
- 特にSSEを巻き込んで公共政策を形成するという地域政府の開放性はケベックにおけるSSEの成功を特徴づけるものです。そのかいもあってか今、SSEは400億カナダドル以上の売り上げを持ち21万人以上の雇用を担っています。
- なお、ケベックではSSEの定義をするうえで非営利であることと集団による所有を重視しており、自主設定した社会的目標を掲げる私企業は政府の提供するSSE組織向けの金融商品の多くにアクセスできません。
- ですが、SSEを財政的に支える仕組みは他にもあり、例えば「連帯ファイナンス」は集団により所有される事業体への投資を指しますが、ベンチャー投資を含む「開発資本」は社会的目標を掲げる事業体であれば社会的経済にかかわらず投資を行います。
ケベックの事例は地域政府と金融機関、SSEが対話を重ねながら政策作りを行っていることで、SSEが活躍しやすい土壌を形成していることを示しています。
一方で、地域政府に依存することでSSEが窮地に陥る危険性も指摘されています。例えば地域政府の公共調達にその生産と売り上げを大きく依存するSSEは政府の政策変更や政党間の対立の影響を大きく受けます。
-インド:Shree Saundarya Safai Utkarsh Mahila SEWA Sahakari Mandli Limited.
- Shree Saundarya Safai Utkarsh Mahila SEWA Sahakari Mandli Limitedは清掃サービスを提供する女性の協同組合で、先に述べたSEWAの全国組織の支援を受けながら設立されました。
- この協同組合は設立時から公的機関の施設における清掃サービスの提供を業務として請け負ってきました。しかし、契約は1年ごとの更新であったこと、他の事業者に契約を取られてしまったことなどから定期的な仕事を得るのが難しくなりました。
- そこで取られた方策が全国組織のSEWAによるマーケティング調査と、それに基づき特定された潜在市場への定期的な訪問でした。
この事例は公共調達が確かに安定的な雇用をもたらすという点で重要であるものの、それへの過度な依存がSSEの存立すら危うくする可能性があることを示しています。こうした課題に対して、専門的な知識による支援やSSE自身の積極的な市場開拓が有効であることがわかります。ILOもこうしたSSEの能力の向上に対して技術支援を行っています。
公共資金の他にSSEが資金を得る手段としては民間資金に頼る方法があります。
民間資金のうちSSEとの関わりで期待されるのが:
・協同組合型の金融(共済)
・通常金融による社会的パフォーマンスに対する金融サービス
の2つです。
共済は協同組合が提供する組合員に対する金融サービスを指します。営利を目的としない点で民間の保険と区別されます。純粋な営利団体に比べて財政的リスクを負いやすいSSEにとって、こうした共同的な財政確保の取り組みは安定的な資金調達に繋がることが考えられます。
社会的パフォーマンスに基づく金融サービスの提供とは、一般的に財政的パフォーマンスをもとに企業・団体に資金提供を行うのとは異なり、社会的パフォーマンスも資金提供をする上での判断基準の一つとして機能することを指します。ソーシャルインパクトボンドやソーシャルインパクトインベストメント、ソーシャルインパクトインシュアランスと様々な金融スキームで用いられます。中でもソーシャルインパクトボンドはその運用が進んでおり、官民連携における民間資金の提供に社会的パフォーマンスへの考慮が盛りこまれることとなっています。G8諸国により設立された社会的インパクトタスクフォースはその報告書の中でインパクトについての計測可能な目標の設定、受託者責任の明確化、政府による積極的な環境整備の必要等を提言としてまとめています。
ILOにもソーシャルファイナンスセクターがあり、中小企業や個人への金融サービスを通してディーセント・ワークを達成することを目標として金融セクターの能力開発に携わっています。この取り組みにおいても企業の財政的パフォーマンスだけでなくディーセント・ワークへの貢献という社会的パフォーマンスをもとにした金融サービスの提供が行われています。
- 今後SSEが担う役割
SSEがディーセント・ワークの創出にあたって大きな役割を果たしていること、またSSEの発展には政府や金融機関といった様々なアクターの関与が必要であることを紹介することができたように思います。その上でSSEを政策上どのように位置づけるべきか、どのような役割を今後SSEが担うべきか、という点について私見を述べたいと思います。
第1章でSSEを政策的手段として扱うか、軸として捉えるかでSSEの性質が異なる可能性があることを指摘しました。SSEの基本的特徴である社会的目標・協力/連帯関係・民主主義を確保しつつディーセント・ワークの創出を含む政策目標を達成するにはまずSSEの制度化が必要であり、その前提としての実態把握が必要であると考えます。現状では協同組合については分野ごとの個別協同組合法による制度化、NPOや社団法人・財団法人については法人格ごとに規定されています。法人格・分野にかかわらずSSEの基本的価値を定義したうえで政府、営利企業、SSEが協力して互いの役割を果たすことがSSEの価値を毀損せず政策目標を達成する上で重要なのではないかと思います。仮にSSEとは何か、どういった団体がSSEに該当するのか、の定義なしにSSEを政策目的に利用することは営利企業/SSE双方の役割の境目を希薄化させてしまうことが考えられ、結果としてSSEの価値が損なわれてしまうのではないでしょうか。もちろんSSEは万能薬ではなく、営利企業が果たす重要な役割を見過ごすこともできません。営利企業・SSE双方の良さを引き出すためにもそれぞれの得意分野・役割を把握することが必要です。
これまでSSE、主に協同組合が労働の分野で担ってきた役割は
・インフォーマルな雇用のフォーマル化
・金融包摂
・脆弱な労働者(若者、女性、障碍者)に対する社会的保護・訓練・雇用の機会の提供
といった最低限のセーフティーネットの提供という役割が大きかったと考えられます。
上記に加えて今後SSEとして担うことが期待されている役割は
・労働の生産性、持続性を確保することによるディーセント・ワークの創出
と言えるのではないかと思います。
そのためにはSSEとしても積極的に営利企業とのかかわり、イノベーションへの取り組みをしていかなくてはなりません。
具体的には
・サプライチェーンにおける労働者の保護の提供
・プラットフォーム型SSE
がカギとなると考えられます。SSEが営利企業と関わる機会が増えれば増えるほど、サプライチェーンの中にSSEが組み込まれることも多くなり、そこでの労働者の保護がSSEにとっての重要な役割となります。プラットフォーム型SSEは今現在プラットフォーマーと呼ばれる企業が行っている仲介機能をSSEが担うものです。欧米ではすでに移民労働者向けの家事労働サービス仲介SSEや自治体による宿泊施設の管理をするプラットフォームが存在します。日本においても地理的な制限を超えた新たな繋がりの形を生み出すことが人口減少社会において期待されます。
[1] 同上
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SSEの調査報告は以上となります!ご覧いただき、ありがとうございました。
インターンの調査報告:社会的連帯経済(SSE:Social Solidarity Economy)(3/4)
第1回でSSEとは何か、第2回でILOにおけるSSEの取り組みについてご紹介しました。
今回は、SSEが直面する困難についてです。
協同組合・SSEは以上みてきたように、ディーセント・ワークの推進に大きく貢献するものですが、それらにはその特徴から生じる様々な困難があります。その障壁が協同組合・SSEのスケールアップを難しくしています。
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SSEにかかる困難
①ガバナンス
これはSSEの中でも主に協同組合が直面している困難です。
・全国組織と地域組織の関係性の在り方
協同組合のスケールアップに関しては制度的な障害もあります。日本の場合、各種協同組合の活動の範囲は基本的に都道府県に限定されています。インドでは協同組合を規律する法律が州ごとに異なっていることから、実質的に活動範囲が州レベルに制限されています。そのため、各協同組合の連携を図るうえで全国規模の連合組織が設立されるのが一般的です。日本のこくみん共済連合会には47都道府県の共済組織が加盟していますし、前述のSEWAにも連邦組織が存在しています。Gujarat State Women’s SEWA Cooperative Federation Limitedは115の協同組合をメンバーに持つ連邦組織です。メンバーの協同組合の利益を国レベル/国際レベルで代弁したり、協同組合の能力向上、協同組合相互の連携を行います。地域のニーズに即しコミュニティの人々のディーセント・ワークを達成するという役割が協同組合に期待されていると考えると、協同組合が地域ごとに分かれていることには合理性も感じますが、デジタル化の進展に伴うメンバーシップの多様化や金融など規模の拡大が持つ効果が強い分野ではこうした協同組合の在り方が適切かどうかには疑問が残ります。
また、仮に協同組合が上記の課題を克服しスケールアップできたとしても、協同組合の特徴である1人1票原則や組合員の連帯感が希薄化するという問題が挙げられます。UNTFSSE[1]もこの問題を認識しており、大規模な協同組合は階層的なガバナンス構造を持ち、平等よりも効率を重視するようになり、営利企業のCSRとの違いが見えにくくなると指摘しています。
2019年9月に行われた協同組合セミナーでも大学生協の方からその旨の懸念の声が挙げられました。協同組合を一から自分たちの手で作り上げるのとは異なり、すでにある協同組合のサービスを受ける場合、自らが構成員であり、意思決定に関わることができるという感覚を持つのは確かに難しいと感じます。協同組合の性質とその利点があまり周知されていないというのも原因の一つではないかと思われます。
②財政
協同組合・SSEにとって資金調達はもう一つの課題です。規模を拡大すること・市場の変動に耐え事業を継続することにおいて、安定的な資金の調達は必要不可欠な要素です。
SSEにとって資金調達の手段は内部資源の活用、慈善や寄付、ローンや株式による調達が主です。以下の図でもわかるように、SSEの資金調達源・手段は営利企業と共通の部分もあればSSE特有のものもあります。例として挙げられるのが、スペインのモンドラゴン協同組合グループ(労働者協同組合の全国組織)です。モンドラゴン協同組合グループは内部に協同組合だけでなく子会社も保有しており、その数は266に上ります。そこでは2008年の世界金融危機のあおりを受け、グループのうち住宅向け家電を製造する協同組合が倒産しています[2]。モンドラゴン協同組合グループは危機に瀕したグループ協同組合に対して内部資金を注入するほか、労働者組合員の共済組織からの救援も受け、立て直しを図りましたが、最終的には内部資金の継続が中止され[3]破綻をもたらすことになりました。
こうした資金調達を行う上で課題となるのがSSEの資金需要を正確に見積もることの困難さとSSEが持つ社会的価値やリスクの適正な評価をすることの困難さが挙げられます。それゆえSSEへの資金提供者は営利企業に対するものと変わりませんが、SSE組織を対象とした保証スキームを構築することが推奨されます。保証スキームは公的資金によるもの、中小企業・協同組合等の相互扶助に基づき形成されるコンソーシアム等の形をとるものがあります[4]。保証者は保証積立金のような形でSSEの信用を金融機関に対し保証します。
[1] 前掲注5
[2] 坂内久(2014)「スペイン・モンドラゴン協同組合グループの動向―『FAGORの破綻』の実態と対応―」『農林金融』7月号
[3] 前掲注10
[4] 前掲注1
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次回は第4回、困難に対するアプローチと今後SSEが担う役割についてです!ぜひご覧ください!
インターンの調査報告:社会的連帯経済(SSE:Social Solidarity Economy)(2/4)
第1回は、SSEとは何か?について取り上げました。
こうしたSSEの定義を踏まえた上で次に、労働の専門機関であるILOがどのようにSSEについて取り組んでいるのか、そしてなぜ取り組んでいるのか、について具体例を交えながら紹介します。
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ILOとSSE
ILOと協同組合との歴史は長く、ILOは1919年の創設の翌年である1920年に協同組合ユニットを発足させました。協同組合については、2002年の協同組合の促進勧告(第193号)[1]が存在します。これは1966年に採択された協同組合(発展途上にある国)勧告(第127号)を全世界的に適用するものとして置き換えた勧告です。
この勧告に基づき、ILOは2010年からはSSEアカデミーを開催して世界各地から実務家や政策立案者を招きSSEについての研鑽の機会を設けています。今年は10回目と11回目のアカデミーが開催されました。11回目は10月14日から18日の間スペインで行われ、雇用の創出と経済成長におけるSSEの役割への認識、そして公平な再分配システムを通してSSEが社会的・領域的不平等を緩和するような経済システムの多様化をもたらす可能性について宣言しました。
先に紹介したUNTFSSEでもILOは発足メンバーであり、他の機関と交代で議長及び事務局も務めています。2019年はILOが事務局の年であったため、6月25日・26日の二日間、ジュネーブのILO本部にて国際会議が開催されました。そこではILOの協同組合ユニットのマネージャーが難民や移民といった脆弱な人々に対してSSEがどのように貢献するのかについての説明を行いました。ILOの企業局局長のVic van Vurrenは経済・社会・環境のバランスをとるうえでのSSEの重要性を強調し、SSEの認識を高めその影響と規模を拡大することを求めました[2]。
ILOは2019年6月のILO総会で採択された100周年記念宣言ⅡのA.(ⅸ)で「特に中小零細企業及び協同組合、社会的連帯経済において、起業や持続可能 な企業を可能にする環境を推進し、全ての人にディーセント・ワーク、生産 的な雇用及び生活水準の改善をもたらす、主要な経済成長や雇用創出源としての民間セクターの役割を支援すること」と、協同組合や社会的連帯経済の推進に尽力することを宣言しています[3]。
ではなぜILOは協同組合・SSEについてこれほどまでの取り組みをしているのでしょうか?その答えは協同組合・SSEが「すべての人にディーセント・ワークを」というILOの目標に貢献している・貢献が期待されるからです。協同組合・SSEは生産的な雇用、社会的保護、権利の尊重、そして発言の自由の尊重という面からディーセント・ワークの促進に役割を果たします[4]。特にこれまでは途上国におけるその役割が認識されていたため、勧告の適用範囲も途上国に限定されていましたが、仕事の世界の変容、先進国においてSSEが果たすことが期待される役割の拡大を受けた形で勧告の適用範囲が全世界に及ぶようになりました。現にEUでは10%の企業、そして6%の雇用がSSEに含まれると見積もられています[5]。
協同組合・SSEが雇用の創出に貢献した事例としてインドのSEWA、そして日本のワーカーズコープ、ビッグイシュー日本の事例を紹介します。
〈具体的な取り組み〉
-Self-Employed Women’s Association(SEWA)
- SEWAはインド14州のインフォーマル経済で働く女性150万人が所属する労働組合です。1972年に創設され、メンバーの労働者としての利益や権利を守るために活動する一方で、彼女らがより良い収入を得、また食料や金融などのサービス、社会的保護へのアクセスを改善できるよう、協同組合の立ち上げ・運営を支援しています[6]。
- SEWAは二つの面で革新的です。一つ目は、組合員がフォーマルな教育や訓練を受けられず、また経済的に貧しい出身の女性であること。二つ目は協同組合を通して促進されたインフォーマル経済の多くは初めてフォーマル化に取り組まれるものであったことです。SEWAが登場する以前からインドには協同組合が存在していたものの、その組合員のほとんどを男性が占めていました。これは農業に必要な土地の所有権や家督が男性に所有されていることが原因です。また、女性が従事することの多い育児や介護、ヘルスケアはこれまでインフォーマルな経済として社会的保護は与えられないものでしたが、SEWAの下で社会的保護が与えられるだけでなく、協同組合を組織することでこうした仕事から所得が得られるようになりました。
- 例えば、SEWAによって組織された協同組合にShree SEWA Homecare Mahila Sahakari Mandli Limited という家事サービスの協同組合が存在します。協同組合は中流階級の住民協会や女性ビジネス協会と契約することで継続的な仕事の調達を可能にし、労働者、顧客双方のバックグラウンドチェック、職業訓練といった役割を果たします。
SEWAがこれまで取りこぼされてきた女性という労働者、そしてインフォーマル経済という仕事双方に社会的保護と声を与えたことがこの事例からわかります。
-ワーカーズコープ:日本労働者協同組合
- ワーカーズコープは、働く人びとや市民がみんなで出資し、経営にみんなで参加し民主的に事業を運営し、責任を分かち合って、人と地域に役立つ仕事を自分たちでつくる協同組合です。その起源は高齢者事業団による失業者・中高年者の仕事づくりを求める運動でした[7]。
- 日本のワーカーズコープは事業活動・社会連帯活動を通して誰もが安心して幸せに暮らせる「持続的な地域」づくりを目指しているとその目的を掲げています。具体的な事業としては共生ケア(高齢者・障害者)、子育て、自立就労、建物総合管理、地域生活産業といった80種を超える幅広い業務を行っています[8]。
- インターンとして9月に訪問させていただいた港区子育て応援プラザPOKKEもワーカーズコープにより運営されている子育て事業で、自治体の委託を受けて行われています。POKKEでは教職を退職された後の女性や障害を持った女性が働いておられ、また単純に子供を預かるだけでなく、保護者同士のネットワークを構築する場としても機能しており、働く人、そして利用する人双方の福利が追及されている印象を持ちました。ワーカーズコープという存在が意外と普段の生活や身近にあるということを感じる経験となりました。
-ビッグイシュー日本:
- ビッグイシューは市民が市民自身で仕事、「働く場」を作る試みです。上記の2つの事例が共に協同組合に該当するのに対し、ビッグイシューは有限会社という形態をとっています。ここでは社会的企業の一例として紹介します。ビッグイシュー日本は2003年9月、質の高い雑誌をつくりホームレスの人たちの独占販売事業とすることで、ホームレス問題の解決に挑戦し始めました。ホームレスの人たちの救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業である[9]ことが特徴です。販売にあたってもセルフヘルプの観点を重視し、販売促進の方法などは販売者個人の判断にゆだねているといいます。
- 事業自体はホームレスの人たちが170円でビッグイシューが発行する雑誌を仕入れ、350円で売ることで1冊あたり180円の収入をえることができる仕組みになっています。2018年8月末時点で販売者として登録した人の数は1,837人、卒業者は200人を数えます。
- 有限会社ビッグイシューはNPO法人のビッグイシュー基金と協力してホームレスの人たちのサポートを行っています。NPO法人ビッグイシュー基金は有限会社ビッグイシューに比べより総合的なホームレス支援を行っているのが特徴です。有限会社のビッグイシュー自体はその性格から寄付などを受け取ることはしませんが、ビッグイシュー基金の方ではこうした慈善活動を行っています。
日本でも協同組合・社会的企業によって、脆弱な立場にいる人の雇用確保の試みが行われていることがわかります。
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[1]勧告は、協同組合を、「共同で所有され、かつ、民主的に管理される企業を通して、共通の経済的、社会的及び文化的ニーズ及び希望を満たすために自発的に結合された自主的な人々の団体」と定義し、雇用創出、資源動員、投資創出、経済寄与における協同組合の重要性、協同組合が人々の経済・社会開発への参加を推進すること、グローバル化が協同組合に新しい圧力、問題、課題、機会をもたらしたことを認識し、協同組合を促進する措置を講じるよう加盟国に呼びかける。労使団体と協同組合団体の役割、相互関係、国際協力に関する規定も含まれる。Normlex(R193-Promotion of Cooperatives Recommendation, 2002 (No.193)) https://www.ilo.org/dyn/normlex/en/f?p=NORMLEXPUB:12100:0::NO::P12100_ILO_CODE:R193
[2]ILO(2019) “ILO co-organizes an international conference on the Social and Solidarity Economy (SSE)” https://www.ilo.org/global/topics/cooperatives/news/WCMS_711795/lang--en/index.htm
[3] 「仕事の未来に向けたILO創設100周年記念宣言」2019年6月21日第108回ILO総会(ジュネーブ)にて採択https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/publication/wcms_715346.pdf
[4] ILO(2014) “The Social and Solidarity Economy” https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_emp/---emp_ent/---coop/documents/publication/wcms_175515.pdf
[5] 同上
[6] ILO(2018) “Advancing cooperation among women workers in the informal economy: The SEWA way” https://www.ilo.org/global/topics/cooperatives/publications/WCMS_633752/lang--en/index.htm
[7] ワーカーズコープHP https://jwcu.coop/about/assoc_cooperative/
[8] 同上
[9] ビッグイシュー日本HP https://www.bigissue.jp/about/
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次回は、協同組合・SSEが面している困難について取り上げます!ぜひご覧ください。